第87話 手
休日。
二人は近所の食堂で昼食を済ませ、その帰りにスーパーへ立ち寄った。
夕食の材料を買い込み、並んで帰り道を歩く。
玲は買い物袋を片手に持ちながら、何度も恒一の横顔を見た。
そして。
何度も右手を少しだけ伸ばしては、引っ込める。
(違う)
(まだ早い)
(でも……)
胸の奥が、少しだけ落ち着かない。
しばらく歩いたあと。
玲は小さく息を吸った。
意を決して。
そっと恒一の手を握る。
恒一は少し驚き、玲を見た。
「どうした?」
玲は前を向いたまま答える。
「迷子になる」
「俺が?」
「ああ」
恒一は思わず吹き出した。
「迷子になるのは」
「俺じゃなくて玲だろ」
玲の耳が、みるみる赤くなる。
「……うるさい」
少しだけ手に力が入る。
それでも。
離そうとはしなかった。
恒一も何も言わず、その手を握り返す。
二人は歩幅を合わせながら、ゆっくりと歩き出す。
本当は。
迷子になるからじゃない。
安心したかった。
誰かと手を繋ぐという、ごく当たり前のことをしてみたかった。
父とも。
母とも。
手を繋いだ記憶はない。
いつも訓練。
いつも命令。
温もりを感じることは、一度もなかった。
だから。
玲は初めて、自分から誰かの手を握った。
その温もりは。
思っていたよりも、ずっと温かかった。




