第85話 甘え
冬埜家の話。
そして、恒一の過去。
互いの心の奥底まで知ってから。
玲は、完全に恒一へ心を許すようになった。
口調は、むしろ前へ戻った。
「こういち」
「何だ?」
「肩」
「肩?」
「揉め」
「命令かよ」
「ああ」
休日。
「ゲーム付き合え」
「もう三時間やってるぞ」
「まだだ」
「勘弁してくれ」
夜。
「膝」
「はい?」
「貸せ」
「一文字で済ますな」
そして。
「抱っこしろ」
「また難易度上がってるな」
恒一は苦笑しながら頭を掻く。
「玲」
「何だ?」
「お願いって言え」
玲は少し黙り込んだ。
視線を泳がせる。
「……命令だ」
「いや、だから」
「お願いって言えばいいだろ」
玲は困ったように俯いた。
「怒ったか?」
「いや?」
「ごめん」
「え?」
玲は耳まで赤くしながら、小さな声で呟く。
「だって」
「構ってほしいんだもん」
一瞬。
部屋が静まり返る。
恒一は思わず吹き出した。
「最初からそう言えよ」
「恥ずかしい」
玲はぷいっと顔を逸らす。
「だから」
「命令の方が楽なんだ」
恒一は優しく笑った。
「はいはい」
「じゃあ、お嬢様の命令を聞いてやりますか」
玲は少しだけ嬉しそうに笑う。
「うむ」
命令口調は変わらない。
けれど。
そこにあったのは、殺し屋としての命令ではない。
家族へ甘える、不器用な少女の照れ隠しだった。




