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おっさん、殺し屋少女と家族になる  作者: Atelier Lotus文庫


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第83話 これから

 しばらく沈黙が続いた。


 玲は恒一を抱き締めたまま、小さく口を開く。


「こういち」


「何だ?」


「私は」


「こういちに普通を教えてもらった」


 恒一は静かに耳を傾ける。


「ゲーム」


「料理」


「買い物」


「ラーメン」


「笑うこと」


「家族」


「全部だ」


 玲は少し照れくさそうに笑った。


「私は」


「何も返してない」


 恒一は優しく首を横へ振る。


「そんなことないよ」


「玲が笑ってくれるだけで十分だ」


 玲は納得しない。


「それでは筋が通らん」


「冬埜では」


「受けた恩は返す」


「それが当たり前だった」


 恒一は苦笑する。


「別に返さなくていい」


「俺が好きでやったことだから」


 玲は少し考え込んだあと、小さく頷いた。


「じゃあ」


「一緒に覚えよう」


 恒一は首を傾げる。


「何を?」


 玲は真っ直ぐ恒一を見つめた。


「こういちが」


「今まで得られなかったもの」


「全部だ」


 玲は指を折りながら数える。


「誕生日」


「クリスマス」


「旅行」


「家族」


「喧嘩」


「仲直り」


「普通の毎日」


「全部」


「私も分からない」


「でも」


「一緒に考えたら」


「きっと答えが出る」


 恒一は思わず笑う。


「そうだな」


「二人とも初心者だ」


「ああ」


 玲は胸を張る。


「だから」


「これからは私がこういちを守る」


 恒一は思わず笑った。


「俺、そんなに頼りないか?」


「ああ」


「弱い」


「おい」


「でも」


 玲は少しだけ笑う。


「弱いから」


「守ってやる」


「こう見えて」


「私は強いんだぞ」


 その言葉を聞いた瞬間だった。


 恒一の目から、また涙が溢れる。


 止めようとしても止まらない。


 目の前にいるのは、まだ十四歳の少女。


 自分より二十四歳も年下。


 それなのに。


 自分より遥かに過酷な人生を歩み。


 誰よりも傷付き。


 誰よりも辛い思いをしてきた。


 そんな少女が今、自分を守ると言ってくれている。


 その小さな手が。


 なぜだか、とても大きく見えた。


「……あれ」


 恒一は慌てて涙を拭う。


「何でだろうな」


「涙なんて」


「いつ以来だろう」


 両親の葬式の日ですら。


 泣くことはできなかった。


 二十八年間。


 押し殺してきた感情が、今になって溢れ出してくる。


「うっ……」


「うぅ……」


 玲は慌てて恒一の顔を覗き込む。


「こういち!」


「何で泣いてる!」


「私」


「嫌なこと言ったか?」


 恒一は何度も首を横へ振る。


「違う」


「違うんだ」


 そう言おうとしても、嗚咽で言葉にならない。


 玲は少し困ったように考え込む。


 そして、ゆっくりと両腕を広げた。


「こういち」


「おいで」


 恒一は少し驚いたあと、小さく頷く。


 玲はその身体を、小さな両腕でぎゅっと抱き締めた。


 ぽん。


 ぽん。


 ぎこちない手つきで、背中を優しく叩く。


「大丈夫」


「もう」


「一人じゃない」


「私が守ってやるからな」


 その言葉を聞いた瞬間。


 恒一は子どものように声を上げて泣いた。


 二十八年間、一人で抱え続けてきた悲しみ。


 誰にも見せられなかった弱さ。


 そのすべてが、玲の温もりによって少しずつ溶けていく。


 玲もまた、静かに目を閉じた。


(こういちは)


(私に普通を教えてくれた)


(だから今度は)


(私がこういちを支える番だ)


 それは、殺し屋としての恩返しではない。


 一人の家族として。


 大切な人と一緒に、これから得られなかったものを一つずつ見つけていく。


 玲は、その小さな決意を胸へ静かに刻んだ。

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