第79話 眠れない
その夜。
恒一は眠れなかった。
布団へ入っても、目を閉じるたびに思い出す。
二十八年前。
血に染まった玄関。
倒れた父。
母の叫び。
そして。
『……取り返しがつかないな』
あの男の声。
二十八年間。
忘れた日は、一日もなかった。
静かな部屋。
隣の布団が、小さく揺れる。
「こういち」
玲だった。
「ああ」
「眠れないのか?」
恒一は苦笑する。
「起こしたか」
「いや」
「私も起きてた」
冬埜家の話をしてから。
玲は夜になると、恒一と同じ部屋で眠るようになっていた。
一緒にいると安心する。
それだけだった。
玲は身体を起こし、恒一を見つめる。
「昔のことか?」
恒一は少し迷い、小さく頷いた。
「ああ」
「父さんと母さんのことを思い出してた」
玲は何も言わず、静かに耳を傾ける。
「今まで」
「誰にも話したことなかったんだけどな」
恒一は天井を見つめた。
「十歳だった」
「クリスマスイブだった」
「母さんがさ」
『明日はハンバーグ作ってあげるね』
「そう約束してくれた」
少しだけ笑う。
「でも」
「その約束は叶わなかった」
声が震えた。
「父さんも」
「母さんも」
「俺の目の前で殺された」
「何もできなかった」
拳を握り締める。
「助けられなかった」
「守れなかった」
「それが今でも」
「ずっと心に残ってる」
しばらく沈黙が続く。
恒一は寂しそうに笑った。
「その年は」
「サンタさんも来なかった」
玲は不思議そうに首を傾げる。
「サンタさん?」
「何だ、そいつは?」
恒一は一瞬きょとんとしたあと、小さく吹き出した。
「そうか」
「玲は知らないか」
「ははっ……」
その笑いは、どこか寂しかった。
「子どもにプレゼントを届けてくれる、おじいさんだよ」
「クリスマスの夜に」
「枕元へプレゼントを置いていくんだ」
玲は静かに聞いている。
恒一は遠くを見るような目で続けた。
「事件の翌朝」
「目が覚めて」
「ちょっとだけ期待したんだ」
「もしかしたら」
「サンタさんが来てるんじゃないかって」
小さく笑う。
「でも」
「何もなかった」
「その時」
「思ったんだ」
「僕」
「悪い子だったのかなって」
玲は目を見開いた。
「馬鹿だな」
恒一は苦笑する。
「子どもって、そんなもんなんだよ」
玲はゆっくり首を横へ振る。
「違う」
「こういちは悪くない」
「悪いのは」
「殺した奴らだ」
その言葉は、迷いなく真っ直ぐだった。
恒一は少しだけ目を丸くし、優しく笑う。
「ありがとう」
玲は何も言わず、恒一の布団へ少しだけ近付く。
そっと恒一の手を握る。
「今日は」
「私がいる」
「だから」
「一人じゃない」
恒一は、その小さな手を静かに握り返した。
「ああ」
「そうだったな」
二十八年間、一人で抱え続けてきた過去。
その夜、その痛みは少しだけ軽くなった。




