第70話 抗争
玲は静かに俯いた。
「獄蓮会」
「あいつらにとって」
「冬埜家は捨て石なんだ」
恒一は黙って耳を傾ける。
「危険な仕事は」
「いつも冬埜がやる」
「失敗しても」
「死んでも」
「代わりはいくらでもいる」
「そう思われてた」
玲は少しだけ目を閉じる。
「ある日」
「組同士の抗争が始まった」
「お兄ちゃんたちも」
「お姉ちゃんたちも」
「みんな行った」
静かな沈黙が流れる。
「私は留守番だった」
「歴代最強だから」
「次の仕事に備えて待機しろって」
玲は小さく息を吐く。
「翌日」
「帰ってきたのは」
「遺体だけだった」
恒一は息を呑んだ。
「みんな」
「死んだ」
玲の声は静かだった。
「私」
「泣かなかった」
「泣けなかった」
「一族のみんなも」
「誰も泣かなかった」
「どうして……」
恒一が呟く。
玲は当時を思い返すように答えた。
「上の人が言った」
「『弱いから仕方がない』」
「『弱い者は死ぬ』」
「『それが冬埜だ』」
玲は静かに俯く。
「私は」
「そうなんだって思った」
「仕方がないことなんだって」
「思ってた」
しばらく沈黙が流れる。
玲はゆっくりと顔を上げた。
その瞳には涙が浮かんでいた。
「でも」
「こういちと暮らして」
「普通を知って」
「家族を知って」
「今なら分かる」
声が震える。
「仕方なくなんかなかった」
「お兄ちゃんも」
「お姉ちゃんも」
「生きたかったはずだ」
涙が一粒、頬を伝う。
「もっと遊びたかった」
「もっと話したかった」
「ありがとうって」
「言いたかった」
玲は両手で顔を覆った。
「ごめん」
「今頃になって」
「泣いてる」
あの日、流せなかった涙が。
普通の幸せを知った今になって、ようやく溢れ出した。
恒一は何も言わない。
ただ静かに玲の隣へ座り、小さく震える背中を優しくさすり続けた。




