第68話 麻痺
玲は静かに話を続けた。
「最初は」
「嫌だった」
「苦しかった」
「見たくなかった」
少しだけ俯く。
「でも」
「毎日だった」
「毎日」
「毎日」
「毎日」
一族同士の立ち合い。
血。
泣き声。
悲鳴。
倒れる親戚。
苦しそうな顔。
昨日まで笑っていたお兄ちゃんや、お姉ちゃんが、今日は自分の拳で倒れている。
そんな光景を、何年も見続けた。
「そのうち」
「何も感じなくなった」
玲は自分の手を見つめる。
「泣き声を聞いても」
「血を見ても」
「人が倒れても」
「何も思わなくなった」
「それが普通になった」
部屋に静かな沈黙が流れる。
恒一は、あの日のことを思い出していた。
獄蓮会の構成員が吐き捨てた言葉。
『俺たちは冬埜の連中を普通の生活から隔離する』
『感情を殺して』
『命令だけ聞く道具にするためだ』
その時は、ただの負け惜しみだと思っていた。
だが、違った。
(本当に……)
(道具にされてたんだ)
玲は感情を失って生まれたわけではない。
痛みを感じ。
人が苦しむ姿を見て心を痛める、ごく普通の少女だった。
その優しさを何年もかけて削り取り、人を殺すためだけの存在へ変えていった。
それが、冬埜家という環境だった。
恒一は胸の奥が締め付けられるような思いで、玲を見つめた。
今、自分の隣で穏やかに笑う少女は――。
ようやく、本来の自分を取り戻し始めているのだと。




