第67話 立ち合い
玲は湯呑みに残ったお茶を見つめながら、小さく呟いた。
「でも」
「貫手も」
「身体を叩く修行も」
「夜中の襲撃訓練も」
「もっと嫌だった修行がある」
恒一は静かに玲を見る。
「何だ?」
玲は少しだけ沈黙した。
その表情は、今まで話してきたどの修行よりも重かった。
「立ち合い」
「立ち合い?」
「ああ」
「一族同士で戦う」
「本家も」
「分家も関係ない」
「相手は」
「親戚のお兄ちゃん」
「お姉ちゃん」
「昨日まで一緒に遊んで」
「笑っていた人たちだ」
恒一は言葉を挟まず、耳を傾ける。
「毎日」
「立ち合いをする」
「どちらかが倒れるまで終わらない」
「手加減は?」
玲は静かに首を横へ振る。
「できない」
「したら」
「今度は私が倒れる」
「だから」
「本気で殴る」
「本気で蹴る」
「本気で倒す」
玲は自分の拳を見つめた。
「私は強かった」
「だから」
「ほとんど私が勝った」
その声に誇らしさはない。
あるのは、静かな悲しみだけだった。
「相手は倒れる」
「苦しそうに息をする」
「泣く」
「痛いって叫ぶ」
「やめてって言う人もいた」
玲は目を閉じる。
「あの顔を見るのが」
「一番嫌だった」
部屋に静かな沈黙が流れる。
「でも」
「私も負けたら同じ」
「倒れて」
「泣いて」
「苦しむ」
「だから」
「殴るしかなかった」
玲は小さく息を吐いた。
「助けたかった」
「でも」
「助けられなかった」
「戦わなかったら」
「今度は私がやられるから」
恒一は何も言えない。
玲はぽつりと呟く。
「一緒に遊んでたお兄ちゃんが」
「泣いてるのを見るのは」
「自分が殴られるより」
「ずっと辛かった」
恒一は静かに玲の言葉を受け止める。
玲は、人を傷付けることを楽しんでいたわけではない。
傷付けなければ、自分が傷付く世界で生きるしかなかった。
その事実が、胸に重くのしかかった。




