第66話 眠れない
恒一はふと思い出したように口を開いた。
「そういえばさ」
「玲って眠り浅いよな」
「ああ」
「前に起こそうとした時も」
「後ろから毛布を掛けようとしただけで飛び起きただろ」
「それも昔の訓練と関係あるのか?」
玲は静かに頷いた。
「ああ」
「関係ある」
少しだけ目を伏せる。
「夜中」
「突然起こされる」
「『襲撃だ』」
「そう言われる」
「でも」
「本当は訓練だった」
恒一は眉をひそめた。
「寝てる時に?」
「ああ」
「眠っていても」
「敵は待ってくれない」
「だから」
「寝ている時でも襲われる」
「反応が遅れたら失格」
「眠ることも訓練だった」
玲は苦笑する。
「だから今でも」
「深く眠れない」
「少しの物音でも起きる」
「人の気配にも反応する」
恒一は「ああ」と小さく頷いた。
「だからあの時」
「俺にナイフを向けたのか」
玲は申し訳なさそうに視線を逸らす。
「ああ」
「寝ぼけてた」
「身体が勝手に動いた」
「悪かった」
恒一は苦笑する。
「今だから笑えるけど」
「あの時は本気で死ぬかと思ったぞ」
玲は少しだけ笑った。
「今は」
「ナイフ持ち歩いてない」
「前より安全だ」
「安心するとこ、そこなのか?」
「うん」
二人は小さく笑い合う。
笑いが収まると、玲はぽつりと呟いた。
「でも」
「今でも」
「訓練の夢はよく見る」
恒一は少し考え込む。
「あー」
「大学生がさ」
「単位落として卒業できない夢を見るようなものかな」
玲は首を傾げた。
「何言ってる」
「馬鹿か?」
即答だった。
恒一は肩をすくめる。
「悪い」
玲はくすっと笑う。
「でも」
「最近は」
「よく眠れる」
恒一は少し驚いた。
「そうなのか?」
「ああ」
「こういちのおかげ」
「一緒にいると」
「安心する」
恒一は照れくさそうに頭を掻いた。
「それならよかった」
玲は小さく頷く。
「悪い夢を見ても」
「起きたら」
「こういちがいる」
「それだけで安心する」
それは訓練ではなかった。
誰かを警戒しながら眠る夜ではない。
誰かを信じて眠れる夜だった。
玲は、その当たり前の幸せを少しずつ知り始めていた。




