第64話 苦痛
恒一は玲の手を見つめた。
「前に言ってたよな」
「貫手の修行が一番嫌だったって」
「ああ」
玲は小さく頷く。
「最初は砂だった」
「毎日、指を突き立てる」
「慣れたら砂利」
「その次は束ねた竹」
「最後は新品の畳」
玲は淡々と続ける。
「指の骨が折れても」
「骨が見えても」
「止まらない」
「治療する」
「傷が塞がる」
「また突く」
「それの繰り返しだ」
恒一は思わず息を呑んだ。
「そんな……」
玲は右手を見つめる。
「だから」
「指は全部、少し曲がってる」
恒一はそっと玲の両手を取った。
細く、小さな手。
よく見ると、人差し指だけではない。
どの指もわずかに歪み、真っ直ぐではなかった。
「これ……全部か」
「ああ」
「これでも、昔よりだいぶ戻った」
玲は少しだけ苦笑する。
「子どもの頃は、もっと酷かった」
しばらく沈黙が流れた。
玲は視線を逸らす。
「昔は」
「歴代最強の証だと思ってた」
「だから」
「自慢して見せてた」
恒一は何も言えなかった。
玲は照れくさそうに笑う。
「でも」
「今は違う」
「こういちには」
「見せたくない」
「恥ずかしい」
恒一は優しく首を横へ振った。
「恥ずかしくなんかない」
「玲が生き抜いてきた証だ」
玲は少しだけ目を丸くした。
そんなふうに言われたことは、一度もなかった。
玲は静かに自分の手を見つめる。
「私も痛かった」
「毎日泣きたかった」
「でも」
「それより辛かったことがある」
恒一は黙って耳を傾ける。
「一緒に修行してた」
「分家のお兄ちゃんや、お姉ちゃんたち」
「みんな」
「泣いて」
「苦しんで」
「叫んでた」
玲は小さく息を吐く。
「それを見るのが」
「一番嫌だった」
静かな声だった。
「私だけ痛いなら、まだよかった」
「でも」
「みんな苦しんでた」
玲は両手をぎゅっと握り締める。
「あの光景だけは」
「今でも忘れられない」
恒一は玲の手を、そっと握り返した。
何も言わない。
その小さな手に刻まれた傷跡だけでなく。
玲の心にも、消えない傷が残っていることを知ったからだった。




