第53話 ごめん
玲の肩が小さく震えていた。
赤く染まった右手を見つめたまま、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「ごめん……」
震える声だった。
「こういち」
「約束……」
「守れなかった」
涙が止まらない。
恒一はゆっくり立ち上がろうとする。
玲は慌てて一歩下がった。
「近付くな」
「玲……」
「来るな!」
玲は首を横へ振る。
「私は……」
「私は……」
言葉が詰まる。
涙だけが次々と零れていく。
「私は、こういう人間だ」
「普通じゃない」
「やっぱり、人を殺すことしかできない」
震える声で笑おうとする。
しかし笑えなかった。
「嫌だろ……」
「こんな奴」
「迷惑かけた」
「ごめん」
玲は俯いたまま、小さく呟く。
「もう行く」
「今まで世話になった」
踵を返し、玄関へ向かう。
もうここにはいられない。
約束を破った。
また人を殺した。
こんな自分が、普通の生活なんて望んではいけない。
そう思った。
玄関へ手を伸ばした、その時だった。
後ろから腕を掴まれる。
「え……」
振り向く間もなく、身体が温もりに包まれた。
恒一だった。
何も言わない。
ただ、黙って玲を抱き締める。
玲は目を見開いた。
「なんで……」
恒一は答えない。
責めることもしない。
突き放すこともしない。
ただ、震える少女を抱き締め続ける。
その温もりに触れた瞬間。
玲は堪えていたものが一気に溢れた。
「うぁ……」
「うあぁぁ……!」
声を上げて泣いた。
殺し屋になってから初めてではない。
生まれて初めて。
誰かに抱き締められながら泣くことができた。




