第51話 襲撃
休日。
朝食を食べ終えると、玲は買い物袋を手に立ち上がった。
「今日は私が行く」
「こういちは休んでろ」
恒一は少し驚く。
「一人で大丈夫か?」
「誰に言ってる」
「元最強の殺し屋だぞ」
「おつかいくらい屁でもない」
「はいはい」
「じゃあ頼んだ」
「うむ」
玲は得意そうに胸を張り、部屋を出て行った。
◇
部屋には恒一一人。
休日の静かな昼だった。
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
「はい」
何気なく玄関を開けた、その瞬間だった。
ドゴッ!!
「がっ……!」
腹へ拳がめり込み、そのまま壁へ叩き付けられる。
肺の空気が一気に押し出され、息ができない。
崩れ落ちそうになった恒一の胸ぐらを男が掴み、薄く笑った。
「相手がどんな奴かも見ずにドアを開けるとか、不用心だな」
「冬埜に教えてもらわなかったのか?」
「間抜けだな」
次の瞬間。
バァン!!
掌底が顔面へ叩き込まれる。
「ぐぁっ!」
頭が大きく揺れ、口の中へ鉄の味が広がる。
折れた歯が数本、床へ転がった。
男は血を吐く恒一を見下ろしながら笑う。
「見つけるの大変だったんだよ」
「情報屋に高い金払って探してたら、こんなボロアパートにいるって知った時は笑ったわ」
部屋を見回し、肩を震わせる。
「家族ごっこしてるって聞いた時は冗談かと思ったぜ」
「まさか本当だったとはな」
「報告書を見た時は吹き出したわ」
「おっさんと共同生活?」
「家出少女じゃねえんだからよ」
男は恒一を見て、にやりと笑う。
「おっさんさ」
「ロリコンなの?」
「気持ち悪りぃな」
「うちの会のいい店紹介してやろうか?」
「ギャハハハ!」
恒一は血を吐きながら睨み返す。
「……誰だ」
男は口元を歪めた。
「獄蓮会だ」
その名前を聞いた瞬間、恒一は思い出す。
(獄蓮会……)
(玲が抜けたって言っていた、あの裏組織か)
男は恒一を見下ろした。
「お前さ」
「あいつの正体、知ってて匿ってるのか?」
「ああ」
「見た目に騙された口か?」
恒一は首を横へ振る。
「違う」
「お前たちが玲を無理やり利用してただけだろ!」
男の笑みが消える。
「うるせえな」
ドゴッ!!
再び拳が腹へめり込む。
恒一は床へ崩れ落ちた。
男はつまらなそうに鼻を鳴らす。
「まあ、間違っちゃいねえ」
「あいつは俺たちからすりゃ道具だ」
「冬埜史上最高傑作」
「身体は軽い」
「それでいて丈夫で、しなやかな筋肉」
「反射神経も尋常じゃねえ」
「歴代最強だった」
「うちの連中も何人殺されたか分からねえ」
「気に入らなきゃ仲間だろうが容赦なく殺す」
「狂犬だったよ」
男は肩をすくめる。
「あれさえ使えれば、裏社会全部を獄蓮会が牛耳るのも夢じゃなかった」
「なのに今はどうだ?」
「料理」
「ゲーム」
「家族ごっこ」
「普通の生活?」
「笑わせんな」
「俺たちは冬埜の連中を普通の生活から極力隔離して育てる」
「感情を殺し、命令だけ聞く都合のいい道具にするためだ」
「今のあいつは腑抜けだ」
「もう使いもんにならねえ」
「廃棄だよ」
恒一は痛みに顔を歪めながらも、男を睨み続けた。
「玲はそんな子じゃない」
男は一瞬きょとんとした後、腹を抱えて笑い出した。
「は?」
「本気で言ってんのか?」
しゃがみ込み、恒一の髪を掴んで無理やり顔を上げさせる。
「お前は、あれのこと何にも知らねえ」
「あいつは死神だ」
「違う!」
恒一は即座に叫ぶ。
男は鼻で笑った。
「知ってるか?」
「あいつ、十歳で親も殺したんだぜ」
「血も涙もない殺人兵器だ」
「人間じゃねえ」
恒一は歯を食いしばる。
「違う」
男は続ける。
「何百人殺したか分からねえ」
「一回、シマを荒らしてきた目障りな組に送り込んだことがある」
「あいつ、一人で全員殺しやがった」
「まさしく化け物だ」
男は愉快そうに笑う。
「お前も、そのうち寝首をかかれるぜ」
「寝首をかかれる前に、俺が殺してやる」
「感謝しろよ」
「ギャハハハ!」
恒一は怒鳴った。
「全部、お前たちのせいだろうが!」
男の笑みが止まる。
恒一は真っ直ぐ男を見据えた。
「あいつは……」
「ゲームで笑って」
「ラーメン食べて喜んで」
「料理を覚えて」
「おつかいができたって喜ぶ」
「根は普通の、どこにでもいる女の子なんだ」
男は呆れたように肩をすくめる。
「ふーん」
「情が湧くって怖いねぇ」
ドゴッ!!
鋭い蹴りが恒一の腹へ突き刺さる。
「がはっ……!」
恒一は床を転がり、苦しそうに咳き込んだ。
男はナイフを取り出し、切っ先を恒一へ向ける。
「本当はさ」
「お前は一般人だから」
「薬で気持ちよくなってる間に殺してやろうと思ってた」
「苦しまないようにな」
男は口元を歪める。
「でも気が変わった」
「お前、うざすぎる」
ゆっくりとナイフを構えた。
「それにな」
「玲、ずいぶんお前に懐いてるみてぇだからな」
「お前を殺して、その死体をここに置いておく」
「あいつは必ず動揺する」
「その隙を狙って仕留める」
男は肩をすくめる。
「俺も腕には自信がある」
「だが、あんな化け物と真正面から戦いたくはねえ」
「勝てる戦いをするのがプロってもんだ」
男は冷たく笑った。
「悪く思うな」
「仕事なんでね」
ナイフをゆっくり振り上げる。
「苦しめて殺してやるわ」




