第48話 抱っこ
休日の午後。
二人は商店街で買い物を終え、家へ戻ってきた。
帰り道。
玲は何度も、ある親子を見ていた。
小さな女の子が父親へ両手を伸ばす。
「抱っこ!」
父親は笑いながら娘を抱き上げる。
女の子も嬉しそうに笑っていた。
◇
帰宅後。
玲はソファへ座る恒一の前まで歩いてくる。
「こういち」
「何だ?」
「抱っこしろ」
恒一は目を丸くした。
「何で?」
玲は少しだけ視線を逸らす。
「商店街でやってた」
「あれか」
「お前さ」
「抱っこされる歳じゃないだろ」
玲は眉をひそめる。
「お前って呼ぶな」
「玲って呼べって、何度言えば分かる」
「あ、悪い」
「玲」
「うむ」
玲は満足そうに頷く。
「それでいい」
「で、抱っこな」
「命令だ」
「はいはい」
恒一は苦笑しながら玲を抱き上げた。
「軽いな」
「そうか?」
「ああ」
「ちゃんと飯食ってるのにな」
玲は少しだけ身体の力を抜く。
「何か……」
「落ち着く」
「そうか」
しばらく抱き上げたまま過ごす。
やがて恒一はソファへ座り直した。
「ほら」
「膝枕ならどうだ?」
玲は素直に身体を預け、恒一の膝へ頭を乗せる。
「……」
しばらくじっとしていたが、不意に鼻をひくつかせた。
「何だ?」
「こういち」
「何か臭い」
恒一は苦笑する。
「悪かったな」
「歳取るとこうなるんだよ」
玲は首を横へ振った。
「嫌な臭いじゃない」
「落ち着く臭いだ」
恒一は思わず笑う。
「褒めてるのか、それ」
「褒めてる」
玲はそう答えると、小さくあくびをした。
「眠いのか?」
「少し」
そのまま目を閉じる。
静かな寝息が聞こえ始めた。
「……寝たか」
恒一は起こさないよう、前髪をそっと撫でる。
玲は安心しきった表情のまま、恒一の膝枕で静かに眠り続けていた。




