第42話 初めてのおつかい
夕方。
恒一は仕事から帰るなり、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「悪い」
「仕事を家へ持ち帰ってきた」
「今日中に終わらせないといけないんだ」
玲は首を傾げる。
「仕事?」
「ああ」
「だから買い物に行けそうにない」
恒一は財布から千円札を取り出し、買い物メモと一緒に玲へ差し出した。
「悪いけど、おつかい頼めるか?」
「牛乳と卵、それから玉ねぎ」
「スーパーなら歩いてすぐだから」
玲はメモを受け取り、得意そうに胸を張る。
「私を誰だと思っている」
「元最強の殺し屋だぞ」
恒一は思わず笑った。
「はいはい」
「元最強さん、お願いします」
玲はじろりと睨む。
「今」
「こういちのくせに私を馬鹿にしたな」
「……殺すぞ」
「はいはい」
「その台詞も聞き慣れたよ」
玲は小さく鼻を鳴らした。
「ふん」
玄関へ向かう玲を見て、恒一が声を掛ける。
「そういえば玲」
「ナイフ持っていかないのか?」
玲は振り返り、当然のように答えた。
「ああ」
「もう殺し屋は廃業したからな」
「普通の人は、ナイフなんて持ち歩かないだろ」
その一言に、恒一は少しだけ笑みを浮かべた。
「そうだな」
「行ってらっしゃい」
「うむ」
◇
一人でスーパーへ向かう。
買い物メモを見る。
「牛乳」
「卵」
「玉ねぎ」
店内を歩き回りながら、一つずつ籠へ入れていく。
レジで会計を済ませ、袋を受け取る。
店を出る。
玲は満足そうに頷いた。
「簡単だな」
「おつかいなんて、私にかかれば屁でもない」
その時だった。
ポケットのスマートフォンが震える。
画面を見る。
暗殺依頼。
依頼人。
報酬。
標的。
いつもと変わらない仕事だった。
玲は立ち止まる。
「……」
指が画面の上で止まる。
今までなら迷うことはなかった。
依頼を受ける。
殺す。
それだけだった。
ふと、恒一の顔が浮かぶ。
『もう、人を殺さない』
『約束だ』
玲は小さく呟く。
「殺したら……」
「こういちに嫌われる」
それだけは嫌だった。
理由は分からない。
でも、それだけは絶対に嫌だった。
「やめた」
玲は依頼を削除する。
「もう私は、元殺し屋だからな」
スマートフォンをポケットへしまい、買い物袋を持ち直した。
「早く帰るか」
自然と足取りが軽くなる。
家へ帰れば、こういちがいる。
それだけで、少し嬉しかった。




