第38話 新しい日常
玲が約束を交わしてから、一週間が過ぎた。
裏社会のネットワークへ、新しい暗殺依頼が届く。
スマートフォンの画面には、標的の名前と報酬額が表示されていた。
玲はしばらく画面を見つめる。
「……」
そして、静かに電源を切った。
依頼は受けない。
もう、人を殺す仕事はしない。
それが恒一と交わした約束だった。
休日。
二人は朝からゲームをする。
「そこだ!」
「甘い」
「また負けた!」
昼になれば、一緒に昼食を食べる。
午後はソファへ寝転がり、二人で何となくテレビを見る。
「……暇だな」
「たまには、こういう日もいいだろ」
「うむ」
玲はソファへ寝転がったまま、大きく伸びをした。
「ゴロゴロするのも悪くない」
「だろ?」
「うむ」
少し前までなら、一日何もしないことに落ち着かなかった。
今は違う。
安心して何もしない時間を過ごせる。
そんな自分に、玲自身も少し驚いていた。
夕食を終えた頃。
玲はふと思い出したように尋ねる。
「そういえば」
「何だ?」
「お前、名前なんて言う」
恒一は箸を置いて笑った。
「今さらかよ」
「朝霧恒一」
「こういち、か」
玲は何度か口の中で繰り返す。
「こういち」
「変な名前だな」
「普通だよ」
「そうか」
玲は小さく頷いた。
「分かった」
そして、少しだけ偉そうに胸を張る。
「こういち」
「今日から、お前に私のことを『玲』と呼ぶことを許す」
恒一は目を丸くした。
「許すって……」
玲は腕を組む。
「呼ばなかったら殺す」
「その脅し、まだ使うのか」
「当たり前だ」
恒一は苦笑する。
「はいはい」
「よろしくな、玲」
その瞬間だった。
玲は少しだけ目を見開く。
「……」
自分の名前を呼ばれた。
当たり前のことなのに、何だか少しくすぐったい。
玲は照れ隠しのように鼻を鳴らした。
「ふん」
けれど、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。
こうして、二人の”普通”の日常は、少しずつ当たり前になっていくのだった。




