第37話 約束
翌日の夜。
夕食を食べ終えた二人は、静かなリビングでお茶を飲んでいた。
テレビも点いていない。
玲は湯呑みを両手で持ったまま、小さく口を開く。
「なあ」
「何だ?」
玲はしばらく湯気を見つめていた。
「お前」
「殺しの話になると、すごく怒るよな」
恒一は静かに頷く。
「ああ」
「今まで見たことないくらい怒った」
「そうだな」
玲は少しだけ笑う。
「変な奴だ」
「私には、まだよく分からん」
少し沈黙が流れる。
「でも」
「ここへ来てから、分かったこともある」
恒一は黙って耳を傾ける。
「ゲーム」
「ラーメン」
「買い物」
「水族館」
「何でもない毎日」
玲は少し照れくさそうに鼻を鳴らした。
「ふん」
「普通の方が楽しい」
その言葉に、恒一は少しだけ目を細めた。
「そうか」
玲は続ける。
「普通に生きてたら」
「私も殺されなくなる?」
その問いには、不安が滲んでいた。
恒一は迷わず答える。
「ああ」
「普通に生きていれば」
「誰かに命を狙われることなんて、ほとんどない」
玲はほっとしたように息を吐く。
「……そうか」
そして真っ直ぐ恒一を見た。
「決めた」
恒一は何も言わない。
玲は静かに告げる。
「もう殺さない」
「人を殺す仕事はやめる」
恒一は少し驚きながらも、優しく笑った。
「本当にいいんだな?」
「ああ」
玲は力強く頷く。
「お前が言ってることは、まだ全部は分からん」
「でも」
「私は、今の生活を失いたくない」
「ゲームも」
「ラーメンも」
「お前の飯も」
「全部なくなるのは嫌だ」
恒一はゆっくり立ち上がり、玲の前へ歩く。
「約束できるか?」
玲も立ち上がった。
「ああ」
恒一は右手を差し出す。
「もう、人を殺さない」
玲はその手を見つめる。
少し迷ったあと、そっと握り返した。
「約束する」
初めて誰かと交わした約束だった。
殺し屋としてではない。
一人の十四歳の少女として交わした、小さな約束。
その温もりは、玲がこれまで握ってきたナイフよりも、ずっと強く心に残った。




