第34話 嫌われたくない
夕方。
恒一が夕食の支度をしていると、玲が珍しく隣へ立った。
「何だ」
「手伝ってやる」
「珍しいな」
「暇だからだ」
玲はそう言いながら、野菜を洗い始める。
その時だった。
蛇口をひねろうとした手が止まる。
「……」
曲がった指が目に入った。
幼い頃から続けた貫手修行。
砂。
砂利。
石。
竹束。
畳。
何度も突き続けた結果、指は歪に曲がり、節々には硬い傷跡が残っている。
玲はふと、これまで出会ってきた人たちを思い返した。
ラーメン屋の店員。
スーパーの店員。
美容師。
ゲームセンターの店員。
街を歩く人たち。
そして――。
恒一。
誰一人として、こんな指はしていなかった。
みんな真っ直ぐで、綺麗な指だった。
「……」
玲はそっと袖を引っ張り、手を隠した。
その様子に気付いた恒一が首を傾げる。
「どうした?」
「……見るな」
「え?」
「見るな」
玲は反射的に両手を背中へ隠した。
恒一は不思議そうな顔をする。
「その指か?」
玲は小さく頷いた。
「これは……」
「普通の指じゃないんだろ?」
恒一は少し考える。
「まあ」
「普通って言われたら……あんまり見たことないな」
玲は俯いた。
「やっぱり」
少し間を置いて呟く。
「前は、自慢だった」
「強い証だから」
「でも」
「今は違う」
恒一は静かに話を聞いている。
玲は自分の指を見つめた。
「普通じゃない」
「だから……嫌だ」
「嫌?」
「うん」
小さく頷く。
「普通じゃないから」
「嫌だ」
その声は、今まで聞いたことがないくらい弱かった。
恒一は玲の隠した手をそっと見つめる。
「俺は」
「その指、嫌いじゃないぞ」
玲は驚いて顔を上げる。
「え?」
「お前が生き残るために、必死で頑張ってきた証なんだろ」
「俺にはそう見える」
玲は何も言えなかった。
嬉しい。
でも。
それでもやっぱり、普通の人のような綺麗な指が良かった。
玲はそっと両手を握り締める。
初めてだった。
自分の身体を、好きになれないと思ったのは。




