第33話 美容院
休日。
朝食を食べ終えた恒一は、新聞を読みながら玲を見た。
「そういえば」
「何だ」
「髪、伸びたな」
玲は前髪を指でつまむ。
「ああ」
「少し邪魔だ」
毛先は相変わらず不揃いで、ところどころ長さも違う。
伸びたら、自分でナイフやハサミを使って適当に切る。
それが玲にとって当たり前だった。
恒一は立ち上がる。
「美容院予約したから行くぞ」
玲は即答した。
「いらん」
「予約してある」
「いらん」
「行く」
「何でだ」
「予約したから」
「それ理由になってないぞ」
「いいから支度しろ」
玲は不満そうに頬を膨らませた。
「お前、命令するな」
「今日だけは俺の命令だ」
「むぅ……」
渋々立ち上がる。
数十分後。
二人は美容院へ到着した。
玲は鏡の前へ座らされる。
美容師が優しく尋ねる。
「今日はどうしますか?」
玲は即答した。
「短く」
「掴まれないくらい」
美容師は首を傾げる。
「……え?」
恒一は慌ててフォローする。
「普通にショートでお願いします」
「はい」
カットが始まる。
玲は鏡をじっと見つめていた。
髪を整えられる。
前髪が揃う。
横髪も自然な長さになる。
最後にドライヤーで整えられると、鏡の中には年相応の少女が映っていた。
「終わりましたよ」
美容師が笑顔で鏡を見せる。
玲は何度も自分の髪を触った。
「……」
「何か」
「スカスカして変な感じだ」
恒一は笑う。
「前よりずっといい」
玲はもう一度鏡を見る。
横を向く。
前を向く。
前髪を触る。
少しだけ口元が緩んだ。
「……うむ」
「悪くない」
さらに小さく頷く。
「気に入った」
美容院を出た帰り道。
玲は少しだけ照れくさそうに尋ねた。
「おい」
「何だ?」
「私」
「いい感じか?」
恒一は笑って答える。
「ああ」
「可愛くなったんじゃないか」
玲は足を止めた。
「……可愛い?」
「ああ」
「可愛い」
玲は首を傾げる。
「可愛いって何だ?」
「何だって言われても困るな」
恒一は頭を掻く。
「可愛らしいってことだ」
玲はじっと恒一を見る。
「説明になってないぞ」
「そうだな」
二人は顔を見合わせて笑った。
玲はそっと前髪を撫でる。
戦うためだけに切っていた髪。
今日初めて、その髪を「似合うかどうか」で見た。
普通の女の子へ。
玲はまた、小さな一歩を踏み出した。




