第31話 生かされている
翌朝。
玲はまだ部屋へ閉じこもっていた。
リビングでは、恒一が朝食を作っている。
味噌汁の香りが部屋まで漂ってきた。
ぐぅ……。
静かな部屋に、お腹の音が響く。
「……腹減った」
玲はしばらく我慢していたが、やがて諦めたように部屋の扉を開けた。
リビングへ出ると、恒一が振り返る。
「飯」
玲は当然のように言う。
恒一は首を横へ振った。
「嫌だ」
「何でだ」
「言うこと聞かないなら作らん」
玲は少し考え込み、小さく呟く。
「……それは困る」
「だったら座れ」
玲は渋々椅子へ腰を下ろした。
二人は無言で朝食を食べ始める。
しばらくして、玲がぽつりと口を開いた。
「悪い奴も、殺したら駄目なのか?」
恒一は箸を止める。
「ああ」
「駄目だ」
「何でだ?」
「悲しむ人がいる」
玲はすぐに聞き返した。
「じゃあ、誰も悲しまなかったら?」
「それでも駄目だ」
「何でだ!」
玲は思わず机を叩いた。
「それを聞いてる!」
恒一は腕を組み、少し考え込む。
「……俺たちは、生かされてるからだと思う」
「生かされてる?」
「ああ」
「誰だって、一人じゃ生きていけない」
玲は首を横へ振る。
「私は違う」
「誰の世話にもなってない」
恒一は苦笑した。
「俺の世話にはなってるだろ」
「……」
玲は一瞬黙る。
「いや」
「そういう話じゃない」
恒一は頷いた。
「でも同じことだ」
テーブルの野菜を指差す。
「この野菜を作る人がいる」
「魚を捕る人がいる」
「服を作る人がいる」
「運ぶ人がいる」
「売る人がいる」
「俺たちは、そういう人たちのおかげで生きてる」
玲は腕を組む。
「金があれば買える」
恒一は首を振った。
「それは手間賃だ」
「お前が作ったわけじゃない」
「誰かが時間をかけて作ったものを、分けてもらってるだけなんだ」
玲は黙って聞いていた。
恒一は少し照れくさそうに笑う。
「上手く言えないけどさ」
「この世界は、みんなの助け合いで成り立ってる」
「だから、人を殺してその繋がりを壊すのは良くない」
「俺はそう思う」
玲はしばらく俯いたまま、箸を止めていた。
「……あと、一つ聞く」
「何だ?」
「お前は、何で私に人を殺してほしくない?」
恒一は少しだけ笑う。
「嫌だからだ」
玲は鼻を鳴らした。
「ふん」
「理由になってない」
「そうかもな」
「でも、それが本音だ」
「お前には、人を殺してほしくない」
玲は俯いたまま、小さく呟く。
「お前の言ってることは」
「全然分からん」
「ちっとも分からん」
しばらく静かな時間が流れた。
玲は食べ終えた茶碗を見つめる。
昨日まで。
食事は、生きるための栄養でしかなかった。
温かい料理も。
誰かと向かい合って食べる時間も。
知らなかった。
もし。
自分が今まで殺してきた人たちにも。
こんな朝があったのだろうか。
待っている家族がいたのだろうか。
そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎる。
玲は小さく首を振った。
今まで考えたこともないことだった。
「でも」
玲は静かに立ち上がる。
「少し考える」
それだけ言うと、自分の部屋へ戻っていった。
扉が静かに閉まる。
玲の胸には、これまで感じたことのない小さな痛みが残っていた。
その痛みの正体を、まだ玲は知らなかった。




