第30話 閉じこもる
バタン。
玲は勢いよく部屋の扉を閉めた。
「うるさい」
ベッドへ倒れ込み、布団を頭から被る。
「何が『人を殺すな』だ」
「何も知らないくせに」
リビングでは恒一が大きくため息を吐いていた。
しばらくして、包丁の音が聞こえてくる。
夕飯の支度だ。
玲は布団を深く被った。
聞こえないふりをする。
やがて恒一が部屋の前まで来た。
「おい」
「飯できたぞ」
返事はない。
もう一度呼ぶ。
「冷める前に食べろ」
玲は布団の中から怒鳴った。
「うるさい!」
「殺すぞ!」
「死ね!」
足音が遠ざかる。
静かになった部屋で、玲は天井を見上げた。
「……」
眠れない。
何もする気が起きない。
目を閉じるたび、恒一の言葉が頭の中で繰り返される。
「どんな人でも、大切に思ってる人はいる」
「違う」
玲は小さく呟く。
「あいつは悪人だ」
「死んで当然だ」
「私が殺さなくても、そのうち誰かが殺してた」
そう言い聞かせる。
それなのに。
胸の奥が、妙にざわついた。
「……何なんだよ」
こんな気持ちになったことは、一度もない。
今までなら。
気に入らない奴は殺せば終わりだった。
命令する奴も。
邪魔な奴も。
敵も。
全部。
殺せば、それで終わっていた。
なのに。
「あいつ嫌い」
「あいつウザい」
「気に入らない」
「弱いくせに、生意気だ」
「私のこと何も知らないくせに」
玲は枕へ顔を埋める。
「……いつか殺す」
小さく呟く。
「絶対に殺す」
その言葉には、いつものような迷いはなかった。
――はずだった。
それでも。
頭の中から、あの言葉だけは消えない。
「どんな人でも、大切に思ってる人はいる」
玲は両耳を塞ぐ。
「……うるさい」
そう呟いても。
その言葉だけは、何度も何度も心の中で繰り返されていた。




