第29話 死んで良かった
夕食後。
恒一と玲は、何気なくテレビを眺めていた。
ニュースでは、東京都御影区で起きた殺人事件の続報が流れている。
画面に映るのは、恒一が仕事帰りの裏路地で目撃した事件。
玲がナイフで殺した、あの男だった。
キャスターが淡々と読み上げる。
『被害者の男性は、大手企業役員でした』
『その一方で、生前には複数の女性への性的暴行や恐喝、贈収賄などへの関与が疑われています』
『警察は余罪についても捜査を進めています』
映像は街頭インタビューへ切り替わる。
「こんな奴なら、死んで当然ですよ」
「被害者も多かったみたいですし」
「誰かがやる前に、やっただけじゃないですか」
続いてスタジオ。
コメンテーターも静かに頷く。
「もちろん殺人は許されません。しかし、被害者がしてきたことを考えると、『死んで良かった』と感じる方がいるのも事実でしょう」
玲はテレビを見たまま、小さく頷いた。
「その通りだ」
恒一はリモコンを机へ置く。
「そう思うのか?」
「ああ」
玲は迷いなく答えた。
「あいつは生きていても誰かを苦しめる」
「私が殺さなくても、そのうち誰かが殺してた」
「だったら、私が殺しても同じだ」
「殺していい人間だった」
恒一は静かに首を横へ振る。
「違う」
玲の眉がぴくりと動く。
「何が違う」
「どんな人でも、大切に思ってる人はいる」
「親かもしれない」
「子どもかもしれない」
「恋人かもしれない」
「友達かもしれない」
「悪人だからって、命を奪っていい理由にはならない」
玲はゆっくり立ち上がる。
「お前」
「私へ命令したな」
「命令じゃない」
「俺の考えだ」
「私は間違ってない」
玲の声が少し強くなる。
「悪人を一人殺せば、その人間に苦しめられる奴が助かる」
「それでも駄目だ」
恒一も立ち上がる。
「人を殺すな」
「誰かを裁く権利は、お前にも俺にもない」
玲は恒一を真っ直ぐ睨みつけた。
「私は、生まれた時からこれしか知らない」
「殺すことしか教わってない」
「それの何が悪い」
恒一は一歩も引かなかった。
「だからこそだ」
「お前は、もう他の生き方を知っただろ?」
「ゲームをした」
「ラーメンを食べた」
「買い物へ行った」
「一緒に笑った」
「普通に生きる楽しさを知ったじゃないのか?」
玲は言葉を失う。
拳を強く握り締め、視線を逸らした。
「……うるさい」
小さく呟くと、そのまま自分の部屋へ入る。
バタン。
扉が閉まり、部屋には重苦しい沈黙だけが残った。
玲はベッドへ横になる。
目を閉じても眠れない。
頭の中では、恒一の言葉だけが何度も繰り返されていた。
「どんな人でも、大切に思ってる人はいる」
認めたくない。
自分は間違っていない。
そう思えば思うほど、その言葉は心の奥へ深く突き刺さっていく。
この日、二人は初めて、本気でぶつかり合った。




