第27話 鍛えてやる
翌日。
朝食を食べ終えた玲は、恒一を見ながら言った。
「お前、弱すぎる」
「昨日の腕相撲のことか?」
「ああ」
「私が鍛えてやる」
「いや、俺も一応ジム通ってるんだけど」
「足りない」
「そんな簡単に言うなよ……」
◇
二人は恒一が通うスポーツジムへやって来た。
玲はトレーニング器具を一通り見回すと、真っ直ぐベンチプレスへ向かった。
「これか」
そう呟きながら、二十キロプレートを片側へ一枚。
二枚。
三枚。
四枚。
五枚。
反対側も同じように取り付ける。
バーを含め、二百二十キロを超える重量だった。
周囲の利用者がざわつき始める。
「おいおい……」
「嘘だろ」
「あの子、何キロ上げる気だ?」
恒一も慌てた。
「待て待て待て!」
「危ない!」
しかし玲は聞いていない。
ベンチへ寝転ぶ。
肩甲骨を寄せることもしない。
足で踏ん張ることもしない。
トレーナーが見れば卒倒しそうな、めちゃくちゃなフォームだった。
「そんなフォームじゃ死ぬぞ!」
恒一が叫ぶ。
玲はきょとんと首を傾げる。
「こんな子どもの遊びで死ぬか」
「遊びじゃない!」
「……いや、お前が子どもなんだよ!」
玲は不思議そうな顔のまま、バーへ手を掛ける。
ガシャン。
ラックから軽々と持ち上げた。
胸まで下ろし――
押す。
一回。
二回。
三回。
四回。
五回。
六回。
七回。
まるで空のバーでも持ち上げているかのようだった。
息一つ乱れない。
ガシャン。
バーをラックへ戻す。
「軽い」
ジムが静まり返る。
「……」
「え?」
「今の、本当に二百二十キロか?」
「世界記録じゃないのか……?」
トレーニング中だった全員の視線が玲へ集まる。
誰も言葉を失っていた。
恒一も口を開けたまま固まる。
二百二十キロ。
ゴリゴリに鍛え上げた大柄な成人男性でも、持ち上げられる者はほとんどいない重量だ。
それを目の前で軽々と扱っているのは――。
筋骨隆々の男ではない。
華奢で、小柄な十四歳の少女だった。
(こんなの……初めて見た)
(いや、人間じゃねえだろ……)
玲は周囲の視線など気にも留めず、首を傾げる。
「出来ないと、生き残れないぞ」
「いや、生き残る前提がおかしいんだよ!」
玲は当然のようにプレートを外し始めた。
「お前もやれ」
「無理だって」
「これならいい」
プレートは一気に減らされ、バーを含めて八十キロになった。
恒一はベンチへ寝転ぶ。
「これでも俺には重い方だからな……」
一回。
二回。
三回。
四回。
五回目で止まる。
「む、無理だ!」
バーをラックへ戻し、大きく息を吐いた。
玲は呆れたように言う。
「弱いな」
「普通こんなもんだ!」
「そうなのか?」
「そうなんだよ!」
恒一は苦笑する。
「殺し屋も筋トレするんだな」
玲は少し考えて答えた。
「あんまりやらない」
「どっちだよ!」
「必要な時だけ」
「じゃあ、その二百二十キロは何なんだ!」
玲は真顔で答える。
「普通」
「普通じゃない!」
ジム中から笑い声が漏れた。
玲だけは、本気で何がおかしいのか分かっていなかった。




