第26話 腕相撲
夕食後。
玲はソファへ寝転がりながら、ゲームのコントローラーをいじっていた。
ふと、得意そうに鼻を鳴らす。
「私は、お前より遥かに強い」
「知ってるよ」
恒一は苦笑した。
あの蹴りを食らった時点で、それくらいは嫌というほど分かっている。
玲は満足そうに頷く。
「ふん」
恒一は玲の腕へ目を向けた。
細く、華奢な腕。
「でも、その腕細いよな」
「腕力くらいなら勝てそうだ」
玲の眉がぴくりと動く。
「む?」
「こう見えても俺、鍛えてるからな」
「若い頃からジムにも通ってたし、営業は体力勝負なんだ」
玲は鼻で笑った。
「生意気だぞ」
「試してみるか?」
「望むところだ」
二人はテーブルを挟んで向かい合う。
右肘をつき、手を組んだ。
玲の手は小さい。
だが、握った瞬間、恒一は違和感を覚えた。
(……何だ、この腕)
細いのに、鋼鉄のような硬さだった。
「いくぞ」
「おう」
「せーの!」
恒一は全力で力を込める。
「ぐっ……!」
肩。
腕。
背中。
脚。
全身の筋肉を総動員して押し込む。
しかし――。
玲の腕は、一ミリも動かなかった。
「……え?」
玲は首を傾げる。
「終わりか?」
「まだだ!」
恒一はさらに力を込める。
顔を真っ赤にし、歯を食いしばる。
それでも玲の腕は、まるで地面へ打ち込まれた鉄柱のように微動だにしない。
玲は退屈そうに言った。
「両手使っていいぞ」
「なめるな!」
恒一は意地になった。
空いている左手も添え、両手で玲の腕を押し込む。
「うおおおおっ!!」
全身から汗が噴き出す。
だが――
ぴくりとも動かない。
「嘘だろ……」
玲は小さくため息を吐く。
「終わったか?」
「ま、まだ……!」
「そうか」
玲はほんの少しだけ力を入れた。
ドンッ!
「うわっ!」
次の瞬間。
恒一の腕は一瞬で押し切られ、勢いよくテーブルへ叩き付けられた。
「いっ!」
手首へ鈍い痛みが走る。
恒一は思わず腕を押さえた。
「いてて……」
玲は勝ち誇ろうとして――動きを止めた。
「……怪我したか?」
恒一は苦笑する。
「ちょっと手首を痛めただけだ」
「大丈夫」
玲は黙ったまま恒一の手首を見つめる。
先ほどまでの得意げな表情は、どこにもなかった。
「……悪い」
ぽつりと呟く。
「やりすぎた」
恒一は目を丸くする。
「お前が謝るなんて珍しいな」
「……うるさい」
玲はぷいと顔を背けた。
勝負には勝った。
なのに、少しも嬉しくない。
これまでなら、弱い相手が怪我をしようが気にも留めなかった。
それなのに。
恒一が痛そうに手首を押さえている姿を見ると、胸の奥が少しだけ痛んだ。
そんな感情は、生まれて初めてだった。
一方の恒一もまた、改めて思い知る。
(俺と玲じゃ……)
(身体の造りそのものが違う)
鍛えてきた自信はあった。
それでも、この十四歳の少女には、まったく敵わなかった。
圧倒的な実力差を前に、恒一は苦笑するしかなかった。




