第17話 留守番
玲がこの家で暮らし始めて、一週間。
朝の光景は、すっかり日課になっていた。
キッチンでは恒一が弁当を作り、それを冷蔵庫へ入れる。
「昼飯はここに入れてある」
「腹が減ったら温めて食え」
「うん」
玲はソファへ寝転んだまま、生返事をする。
恒一はネクタイを締め直し、玄関へ向かった。
「じゃあ、仕事へ行ってくる」
靴を履きながら振り返る。
「いいか」
「外へ出るなよ」
「はいはい」
「絶対に出るな」
「はいはい」
「殺しなんかしてもらったら困るんだよ」
玲は面倒そうに欠伸をする。
「……」
「警察に見つかったら、匿ってる俺まで終わる」
「それに、年端もいかない女の子を家へ住まわせてるなんて近所に知られたら、それだけでも面倒なんだからな」
玲は鼻で笑った。
「私に命令するな」
「弱いくせに」
「弱いのは認める」
「でも、今はそういう話じゃない」
恒一は呆れたようにため息をつく。
「とにかく家から出るな」
「分かったな?」
玲は適当に手を振った。
「はいはい」
「分かったよ」
「よし」
恒一は安心したように頷く。
「行ってくる」
玄関の扉が閉まる。
足音が遠ざかり、やがて部屋は静寂に包まれた。
玲は数秒、そのまま天井を眺めていた。
そして、おもむろにポケットからスマートフォンを取り出す。
画面ロックを解除すると、一般人では存在すら知らない暗号化アプリを起動。
認証を終えると、裏社会専用のネットワークへ接続された。
画面には無数の暗殺依頼が並ぶ。
依頼人。
標的。
報酬額。
玲は一件ずつ内容を確認していく。
「これは却下」
「報酬が安い」
次。
「これも却下」
「ただの揉め事」
さらにスクロールする。
「……これ」
依頼書には暴力団幹部の名前。
誘拐、恐喝、覚醒剤の売買。
罪状がいくつも並んでいる。
報酬も高い。
玲は小さく頷いた。
「悪い奴」
「金もいい」
「これにしよう」
冬埜家にいた頃は、依頼を選ぶ権利などなかった。
上から渡された標的を、ただ殺すだけ。
それが仕事だった。
だが今は違う。
組織を抜けた今、受ける依頼は自分で選べる。
玲はスマートフォンをポケットへしまい、ゆっくりと立ち上がる。
そして玄関へ向かい、靴を履いた。
「誰がお前の言うこと聞くか」
「ボケ」
そう吐き捨てると、何事もなかったかのように玄関の扉を開けた。
数秒後。
部屋には誰もいなくなっていた。




