第14話 共同生活
玲がこの部屋へ転がり込んで、三日が過ぎた。
朝霧恒一は、仕事へ向かう支度をしながら大きくため息を吐く。
「どうした?」
ソファへ寝転んだ玲が尋ねる。
「いや……」
恒一は頭を抱えた。
警察へ連れて行くべきか。
それとも、この部屋から追い出すべきか。
頭では答えが分かっている。
目の前にいるのは、人を殺して生きてきた少女だ。
普通なら、一緒に暮らしてはいけない。
けれど――。
十歳で家族を失ったこと。
親に殺されそうになったこと。
普通の生活を何も知らないこと。
その全てを知ってしまった今、放り出すことができなかった。
(放っておけないんだよな……)
そんな恒一の葛藤など知る由もなく、玲は当然のように口を開く。
「腹減った」
「飯作れ」
「……はいはい」
恒一は苦笑しながらキッチンへ向かう。
すると、さらに命令が飛んだ。
「あ、それ終わったら肩揉め」
「昨日の仕事、疲れた」
恒一は振り返る。
「お前、自分でやれよ」
玲はじろりと睨む。
「殺すぞ」
「すぐそれだな……」
結局、朝食を作る。
玲は無言で食べ始め、ものの数分で平らげた。
「おかわり」
「まだ食うのか」
「育ち盛りだからな」
「そこだけ普通の中学生みたいなこと言うな」
恒一は苦笑しながら、ご飯をよそう。
食べ終わると、玲は当然のようにソファへ寝転ぶ。
「肩」
「揉め」
「はいはい……」
恒一が肩を揉み始める。
玲は気持ち良さそうに目を閉じた。
「もう少し右」
「そこ」
「強く」
「……お前、完全に召使い扱いしてないか?」
「そうだぞ」
玲は悪びれもせず頷く。
「お前、飯がうまい」
「風呂も沸かせる」
「マッサージもできる」
「便利だ」
「便利って……」
「だから匿ってやってる」
「いや、匿ってるの俺だからな?」
「細かいことは気にするな」
「気にするわ!」
思わずツッコミを入れると、玲は小さく鼻で笑った。
「ふん」
時計を見る。
そろそろ仕事へ行く時間だった。
恒一は上着を羽織り、玄関へ向かう。
「じゃあ、行ってくる」
返事がない。
ソファを見ると、玲は丸くなって眠っていた。
「寝たのか」
恒一は近くに置いてあった毛布を手に取る。
「風邪ひくぞ」
そう呟き、後ろからそっと毛布を掛けようとした、その瞬間だった。
玲の目が鋭く開く。
ソファを蹴って跳ね起きると、反射的にナイフを抜いた。
「私の後ろに立つな!」
「殺すぞ!」
刃先が恒一の喉元でぴたりと止まる。
「うわっ!」
「悪い悪い!」
「毛布を掛けようとしただけだ!」
玲は数秒間、恒一を睨み続ける。
やがて相手が恒一だと認識すると、静かにナイフを下ろした。
「後ろは駄目だ」
「死角だからな」
「反射で身体が動く」
「……毛布掛けるだけで殺されかけるのか」
「仕方ない」
「そうしないと死ぬ」
玲は当たり前のように言った。
そこに冗談は一切ない。
恒一は苦笑しながら毛布を玲へ差し出す。
「ほら、自分で掛けろ」
「うむ」
玲は毛布を受け取り、何事もなかったように身体へ掛けた。
恒一は深いため息を吐く。
「普通の生活って、大変なんだな……」
玲は首を傾げる。
「普通?」
「ああ」
「少なくとも、毛布を掛けようとしただけで殺されそうになる生活は普通じゃない」
「そうなのか?」
「そうなんだよ」
玲は少し考え、小さく頷いた。
「表の人間は大変だな」
「いや、大変なのは俺だからな」
恒一は苦笑すると、今度こそ玄関へ向かった。
「今日も外へ出るなよ」
「冷蔵庫に弁当を作ってある」
「腹が減ったら勝手に食べろ」
「テレビでも見て待ってろ」
「うむ」
返事だけは素直だった。
こうして――。
家族を失ったおっさんと、殺し屋少女の奇妙な共同生活が、本格的に始まった。




