第12話 ショートヘア
重苦しい空気を変えるように、恒一は話題を変えた。
「そういえば」
「何だ」
「その髪、自分で切ってるのか?」
玲は自分の前髪をつまむ。
毛先は不揃いで、長さもばらばらだ。
「ああ」
「戦う時に掴まれるから」
「短い方がいい」
それだけだった。
美容院へ行くという発想もない。
可愛く見せたいという気持ちもない。
戦いやすいかどうか。
玲にとって重要なのは、それだけだった。
服も同じだ。
黒いパーカー。
黒いズボン。
動きやすければ何でもいい。
おしゃれという概念そのものが存在しない。
鏡を見る習慣もない。
女の子らしさを気にする様子もない。
十四歳の少女というより、一人の兵士だった。
そんな玲を見ていた恒一は、ふと眉をひそめる。
「……そういえば」
「何だ」
「お前、臭いな」
玲は一切気にした様子もなく答えた。
「ああ」
「風呂入ってないからな」
まるで「今日は晴れだな」とでも言うような口調だった。
恒一は思わず聞き返す。
「いつから?」
「知らん」
「獄蓮会を抜けてから入ってない」
「……」
玲は腕を組み、当然のように命令する。
「風呂沸かせ」
「さっさとしろ」
「気を遣えないな、お前」
恒一は呆れてため息を吐いた。
「何で俺が怒られるんだよ」
「お前の風呂だろ」
「居候なんだから少しは遠慮しろ」
玲は首を傾げる。
「何でだ?」
「私を匿ってるんだろ」
「なら世話するのは当然だ」
「違うだろ……」
本気で悪気がない。
そういう教育しか受けてこなかったのだ。
「ほら、入ってこい」
「分かった」
玲は風呂場へ入っていった。
しばらくして――。
ガラッ。
脱衣所の扉が開く。
玲は何の躊躇もなく、裸のまま廊下へ出てきた。
「おい!」
恒一は慌てて顔を逸らす。
「何やってんだ!」
玲は不思議そうに首を傾げた。
「何がだ?」
「服着ろ!」
「服?」
「そんなもん持ってない」
そういえばそうだった。
逃げてきた時に持っていた着替えは、洗濯へ回している。
恒一は慌てて押し入れを開き、Tシャツとジャージを取り出した。
「ほら!」
「これ貸すから!」
「着ろ!」
玲は服を受け取り、不思議そうに眺める。
「これも使っていいのか?」
「ああ」
「好きに使え」
玲は袖へ腕を通し、小さく呟く。
「変な奴」
少し大きめのTシャツとジャージ姿になった玲は、再びリビングへ戻ってきた。
恒一は思わず苦笑する。
料理も知らない。
お金も知らない。
学校も知らない。
風呂へ入る習慣もない。
服を着替える常識すら知らない。
目の前の少女は、人の殺し方も、生き残り方も知っていた。
けれど――。
十四歳の女の子として生きる方法だけは、誰も教えてくれなかった。




