第102話 新しい名前
玲と剣吾の死闘は、一切報道されることはなかった。
現場は事前に人払いが行われており、証拠も何一つ残されていない。
改めて恒一は知る。
裏社会とは、それほどまでに巨大で、恐ろしい世界なのだと。
それから数か月後。
玲との生活は穏やかに続いていた。
しかし、問題もあった。
十四歳の少女が恒一と同じ家で暮らしている。
これまでは近所へ、
「親戚の子を預かっている」
そう説明してきた。
だが、それも少しずつ限界を迎えていた。
恒一は決断する。
弁護士や行政、支援団体の協力を受け、玲の就籍手続きを進めた。
そして。
玲を、自分の養女として迎えることを。
手続きが終わった日。
恒一は新しい戸籍を玲へ差し出す。
「今日から」
「お前は、朝霧玲だ」
玲は書類を受け取り、そこへ記された名前を見つめる。
「朝霧……玲」
小さな声で呟く。
もう一度。
「朝霧……玲」
何度も。
何度も。
自分の新しい名前を確かめるように呟いた。
裏社会の殺し屋ではない。
一人の十四歳の少女として生きるための、新しい名前だった。
玲はゆっくりと顔を上げる。
「こういち……」
少しだけ言い淀む。
そして、照れくさそうに笑った。
「……お父さん」
恒一は少し驚いたあと、優しく微笑む。
「ああ」
「今日から俺は、玲のお父さんだ」
その言葉を聞いた瞬間。
玲の瞳から、大粒の涙が溢れた。
「……お父さん!」
玲は勢いよく恒一へ抱きつく。
恒一はその小さな身体を、優しく抱きしめ返した。
こうして。
朝霧家に、新しい家族が生まれた。




