第100話 抱擁
帰り道。
いつの間にか空は茜色へ染まり始めていた。
西へ傾いた夕日が、二人の影を長く地面へ伸ばしている。
吹き抜ける夜前の風が、火照った身体を優しく撫でた。
しばらく無言で歩いていると、不意に玲が恒一の袖を掴んだ。
「……こういち」
「ん?」
玲は少しだけ身体を預ける。
「おんぶしてくれ」
恒一は玲の足元へ目を向けた。
剣吾の刀で斬られた脚。
傷は浅い。
命に別状はない。
しかし、包帯は赤く滲み、歩くたびに血が少しずつ染み広がっていた。
「足が痛むのか」
「ああ」
「浅い傷だから大丈夫」
「でも、痛む」
恒一は小さく頷いた。
「……分かった」
その場へしゃがみ込む。
玲はゆっくりと恒一の背中へ身体を預けた。
「よいしょ」
思っていたより軽い。
歴代最強と恐れられた殺し屋とは思えないほど、小さな身体だった。
恒一は玲を背負い、ゆっくりと歩き始める。
夕焼けに染まる道には、二人の足音だけが静かに響いていた。
しばらくして。
玲がぽつりと呟く。
「私な」
「うん」
「ほんとは」
「こうやってもらいたかっただけなんだ」
恒一は黙って耳を傾ける。
「父さんと」
「母さんに」
その一言に、恒一は胸が締め付けられた。
玲は続ける。
「頭を撫でてもらって」
「抱っこしてもらって」
「おんぶしてもらって」
「それだけでよかった」
「でも」
「一回もしてもらえなかった」
背中から、小さな啜り泣く声が聞こえた。
玲は恒一の背中へ顔を埋め、小さく肩を震わせている。
「ごめん……」
「私」
「本当は」
「ただの子どもだったんだ」
恒一は何も言わず、その小さな身体を支えながら歩き続けた。
やがて静かに口を開く。
「玲」
「何だ」
「父さんや母さんの代わりにはなれないかもしれない」
一度だけ茜色の空を見上げる。
「でも」
「俺が、お前の父さんの代わりになる」
玲の身体が小さく震えた。
返事はない。
ただ。
背中へ回された両腕に、少しだけ力が込められる。
その温もりを感じながら。
二人は夕焼けに染まる帰り道を、ゆっくりと歩き続けた。




