第06話 サバトラのノブ
速い速い速い!
俺は軽トラックの荷台から流れる景色を見ていた。※注
パパさんの車に乗っていた時と比べれば決して乗り心地がいいとは言えないが、ゴン爺の言っていたとおり、自分の脚で歩くことを考えればよっぽど快適だ。
車の振動についウトウトとし始めた頃、車が急にスピードを落とした。遠くから消防車のサイレンが聞こえてくる。どうやら火事のようだ。車が渋滞の最後尾につき、完全に停止したタイミングを見計らって、俺は荷台から飛び降りた。
サイレンの音はどんどん増え、煙の匂いがここまで漂ってきている。俺は野次馬根性で近くまで行ってみることにした。
現場に近づいてみると、工場のような建物が燃えているのを、遠巻きにたくさんの人が見ている。
風もなく、周りに他の建物もないから延焼もなさそうだなどと余計な心配をしていると、燃え盛っている炎を微動だにせず睨んでいる猫がいることに気がついた。ここまで炎の熱さが届いている。さすがにマズいと思い、俺はそいつに近づいて声をかけた。
「おい、これ以上ここにいると危ないぞ。逃げた方がいい」
しかし、そいつは炎を睨んだまま、俺の声に全く反応しない。
「おい、おい!」
何回も呼びかけるが、俺の声は耳に入っていないようだ。仕方がないので、尻に強いパンチをくれたら、ハッとしたように俺のことを見た。
「早くここから逃げよう。危ないぞ」
「そ、そうだな…」
そいつは、憑き物が落ちたように正気に戻り、声を絞り出した。俺たちは煙の匂いのしない草むらまで走りようやく一息つく。
「大丈夫か? なんかおかしかったぞ」
「あぁ、すまない。助かった…ところでお前は?」
「俺は旅猫初心者のミー助。遠いところを目指して流れ始めたばかりだ」
「俺はノブ。目的地のはっきりしない旅猫みたいなもんだ」
体の大きさは俺と同じぐらい。サバトラのそいつがゆっくり話し始めた。
「笑わないで聞いてくれるかい?」
俺だって、誰かに言えば笑われるようなことをしようとしている。今さらどんな話を聞いたところで変だなんて思わないさ。黙って頷いた俺の顔を見て、ノブはゆっくりと話し始めた。
「俺は、なぜかわからないが小さい頃の記憶がないんだ。気が付いた時には流れていた。変なのはそれだけじゃない。とにかく火が怖い。火を見ると体がすくんでしまって動けなくなる」
「さっきも、それでか?」
「そうだ。たまたま火事に遭遇してしまってな…」
ノブは、先ほどの出来事を思い出すように、ブルブルと震えて話を続けた。
「火が怖いせいかわからないが、たくさんの水がある所に行かなきゃならない。いつの間にか、そこが俺の目的地だと思い始めて流れているんだ。可笑しいだろ、こんな話」
たくさんの水っていうと、海とか湖とか、それとも川か?
「川も湖も、あちこち行ってみた。でも、どこへ行ってもここだって気がしないんだよね」
「目指す所へ無事たどり着けるといいな。とりあえず、この先に『宍道湖』という湖がある。そこへ向かったらどうだ?」
「そうしてみるよ。ミー助、お前はどこへ行くんだ?」
「俺はずっと遠い所だけど、同じ方向だ」
「それじゃ、一緒に行こうよ。お前は命の恩猫だからさ、なにか借りは返すさないと」
「そんなこと気にすんな。とりあえず、今日はゆっくり休んでから出かけよう」
旅は道連れ世は情け
旅行好きのパパさんがよく言っていた気がする。いい言葉じゃないか。
人間が車の荷台へ乗車することは、道路交通法第55条で原則禁止されています。しかし、犬や猫などは法的には『積載物』として扱われるため、原則として問題ありません。つまり、ミー助の行動は法令違反ではありませんので、仮に警察に見られたとしても運転手が咎められることはありません。




