第30話 ヤスケ
ノブより一回り以上大きいヤスケが毛を逆立てて威嚇し、今にも襲いかかろうとしている。だがノブも負けていない。後ろ脚に力を込め、ぐっと背中を落とし前傾姿勢でヤスケを睨みつける。
ヤスケが一気にノブに飛び掛かる。早い!!
ノブは体を躱しヤスケの背後に回り込もうとする。
ヤスケもすぐさま身体を回し、また対峙する。
ヤスケは、初撃が躱されたのが意外そうな顔でニヤリと笑う。
「小僧、早いな」
「ミー助たちと散々遊んだからな」
そう、あれは尻尾盗りの成果だ。ノブの動きを見て俺もランマも驚かないが、ブライは唖然とした表情をしている。
ヤスケが前足を上げてノブに殴りかかる。
ノブは回り込んで躱す。
ヤスケが前足を上げてノブに殴りかかる。
ノブは回り込んで躱す。
ヤスケが前足を上げてノブに殴りかかる。
ノブは回り込んで躱す。
ヤスケが前足を上げてノブに殴りかかる。
ノブは途中で動きを止め、逆に回り込んでヤスケの背後を取る。
よし、フェイントが効いた。
ノブはヤスケの尻に噛みつくが、すぐに距離を取る。
「へへへ、面白ぇことするな」
ヤスケは攻撃方法を変え、今度は二本足で立ち上がり前足を振り下ろす。回り込めないノブは、距離を開けて後退する。ヤスケは同じ攻撃を繰り返しながらノブの逃げ場を奪っていく。
ノブの背後にスペースがなくなったのを見て、ヤスケのモーションが大きくなる。刹那、ノブは一気にヤスケとの距離を詰め、鼻の頭に爪を立てたパンチを見舞う。
だが、そんな攻撃ではダメージにならないヤスケは、カウンター気味にノブを殴りつける。ノブのほうが手数が多いが、体重差の分だけヤスケの攻撃のほうが強力だ。
一進一退の攻防で神経と生命を削り続ける時間が続き、二匹とも疲弊を隠し切れない。
「小僧、お前、命を捨てる気か…」
「命を捨てる気なんてないさ。命は懸けるもんだ」
息が荒くなったヤスケが問い、まだ戦意を失っていないノブが答える。
「なんのために…」
「俺のため、仲間のため、この町の猫のためだ」
ノブの言葉の意味がわからないヤスケの動きが止まり隙ができるが、ノブは仕掛けたりしない。
「ヤスケ! ごちゃごちゃ言ってないで、早く始末しなさい!!」
「うるせぇな…」
見かねたブライがヒステリックに叫ぶが、見もしないでヤスケが吐き捨てる。
いい頃合いだ…
俺は両者の間に歩いて行き、ひと呼吸置かせた。
「ヤスケ、仮にノブが負けても俺とランマでお前を倒す。俺たちだってノブのために命を懸けることができるからな」
「どうしてそこまでできる?」
「俺たちは仲間だからさ」
「ミー助さん、俺たちは『トラ三兄弟』だよ!」
ランマの言う通り、俺たちは兄弟だったな。俺はブライを睨んで続けた。
「お前とつるんでいたヤツらは、今どれだけここに残っている?」
ブライは、今更ながら自分の置かれた状況を理解したようだ。
「俺たち猫は群れたりしない。義理も愛情もなく、暴力だけで従えてたヤツらは、こんな状況になれば逃げ出してしまうんだ」
ブライは無言のまま...その場に沈黙が漂う。
「ヤスケ、お前はブライのために戦っているわけじゃないだろ」
「ははははは!!! 当たり前だ。俺はそいつの手下でも仲間でもねぇよ。ただの喧嘩好きだ。好きな喧嘩ができて、飯が食えるからここにいるだけさ」
「じゃぁ、俺たちの仲間になれよ」
「仲間か…そっちのほうが面白そうだな。お前ら強ぇしよ」
ヤスケの言葉が、決着のつかない勝負に幕を下ろした。




