第03話 ゴン爺
俺と老猫は、土産物屋の裏手に行き、向かい合わせで座る。正面から見据えると、薄暗い中で光る老猫の目がふと和らいだ気がした。
「儂はゴン、みんな『ゴン爺』と呼ぶがな。あの馬鹿は『グレ』だ。いきなり驚かせてしまってすまなかった。後できつく叱っておく。ところでお前さん、この辺りじゃ見かけない顔だな」
良かった。まともな猫のようだ。俺もやっと緊張を解いた。
「俺はフリーランスの超猫、ミー助さ」
「そうか、ミー助と言うのか」
そこ、突っ込んでほしいところだけど。見事にスルーかい!
「行きたい所があって、今日、飼ってもらっていた家から出てきたんだ」
「行きたい所?」
「うん、ずっと遠い所なんだけどね、どうしても行きたいんだ」
「ほぅ 旅猫とは珍しいな」
「旅猫?」
ゴン爺が珍しい猫でも見るような顔で、『旅猫』について教えてくれた。
人間に飼われていない猫を総称して『ノラ猫』と言う。ノラ猫の中で、ほぼ住む場所が決まっている猫…これを『地猫』と言うが、中には住む所を転々とする猫もいる。これを『流れ猫』と言う。流れ猫は、一か所に留まらないというだけで特に目的地を持たない。だが、稀にどこかを目的地にして流れる猫がいる。それが『旅猫』だ。
「旅猫ってそんなに珍しいの?」
「そうさな、儂も長い間ここにいるが、出会ったのはお前さんで三匹目だ。先の二匹は、旅先で飼い主とはぐれてしまい、家に戻ろうとしていた猫だ」
俺はその二匹とは違う。だが、事実を告げたところで、会ったばかりの相手に信じてもらえるわけがない。
「ミー助はどこへ行こうとしているのだ?」
「富士山の見える場所。静岡っていう所さ」
「ほぅ それはそれは。長い旅になりそうだな」
「知っているの?」
「もちろん。儂は行ったことはないがな」
『止めておけ』なんて言われるようだったら、俺は黙ってここを立ち去るつもりだった。しかし、ゴン爺の言葉は俺の予想に反したものだった。
「今日家を出てきたばかりじゃ流れ方も知らないだろう。儂が教えてやるから、数日だけでいい、騙されたと思ってここに留まれ」
確かにその通りだ。生まれてしばらくは母さんが俺たちきょうだいの面倒を見てくれて、その後はすぐひかりちゃんの家で飼われた。勢いよく家を飛び出してきてしまったが、俺はどうやって生きて遠くまでたどり着いたらいいのか、具体的になんにも考えていなかった。
「せっかく出会ったんだ。儂もお前のことを気持ちよく送り出してやりたいってもんだ」
優しく微笑むゴン爺に、俺は素直に頭を下げた。




