【VERSION】
朝。
目が覚めた瞬間、少しだけ違和感があった。
でも、それが何かは分からない。
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「……あれ」
小さく声が出る。
部屋。
見慣れているはずの天井。
カーテン。
机。
全部、知っている。
なのに。
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「……こんなだったっけ」
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スマホが震える。
通知。
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『今日の会議、10時からだからね』
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名前。
表示された送信者を見て、少しだけ考える。
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「……誰だっけ」
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すぐに答えが浮かぶ。
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「ああ、上司か」
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自然に納得する。
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(……なんで迷ったんだろ)
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気にしない。
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起き上がる。
鏡の前に立つ。
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「……」
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自分の顔。
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少しだけ、違う気がする。
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「……まあいいか」
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問題ない。
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“これが私”だ。
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そう思った瞬間。
違和感は消える。
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駅前を歩く。
人の流れ。
ざわめき。
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いつも通り。
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「……あれ?」
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足が止まる。
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この場所。
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昨日、何かあった気がする。
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思い出そうとする。
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「……なんだっけ」
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出てこない。
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代わりに、別の感覚が浮かぶ。
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“ここに来てよかった”
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理由はない。
でも、そう思う。
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スマホを開く。
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動画アプリ。
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履歴。
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同じ動画が並んでいる。
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「REWRITE」
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再生回数。
何十回も見ている。
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「……こんなに?」
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不思議に感じない。
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「いい曲だし」
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自然に思う。
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再生。
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【ねえ】
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【誰にする?】
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その一言で。
胸の奥が、わずかに熱くなる。
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(……ああ)
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これだ。
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これを聴いて、私は――
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思考が、止まる。
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必要ない。
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【間違えたままの履歴
消せないまま増えていく】
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歩き出す。
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人の流れに混ざる。
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全部、しっくりくる。
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【選ばなかった未来が
今もどこかで息をしてる】
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(前は、違った気がする)
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それは“前の話”。
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今は違う。
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“今の私”が正しい。
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【名前を呼ばれるたびに
違う誰かみたいでさ】
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誰かに肩がぶつかる。
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「すみません」
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顔を上げる。
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見知らぬ人。
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なぜか、知っている気がする。
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「……大丈夫です」
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自然に笑う。
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“これでいい”。
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“これが正しい”。
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“これが完成”。
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“これが――”
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【ねえ、やり直せるなら
どこから壊せばいい?】
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一瞬だけ。
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違う記憶が、よぎる。
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駅前。
夜。
音。
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誰かが、消えて。
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誰かが――
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「……?」
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頭が痛む。
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次の瞬間。
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それは、消える。
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必要ない。
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【正解じゃなくていいから
“今じゃない私”にして】
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(違う)
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(私は、これでいい)
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【REWRITE
全部書き換えて】
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足が止まる。
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鏡張りのビル。
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そこに映る自分。
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「……」
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少しだけ、見つめる。
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“知らない顔”。
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すぐに分かる。
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「……これが私」
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笑う。
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違和感は、もうない。
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【この記憶も感情も
間違いのままでいい】
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ポケットの中で、スマホが震える。
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着信。
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名前を見る。
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一瞬だけ。
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“分からない”。
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すぐに書き換わる。
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「……ああ」
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自然に、納得する。
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「はい」
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通話に出る。
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「うん、大丈夫」
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声は、いつも通り。
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「ちゃんとやれるよ」
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少しだけ、間があって。
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笑う。
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「私、もう完成してるから」
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通話を切る。
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空を見上げる。
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何もおかしくない。
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何も間違っていない。
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“前の私”なんて、必要ない。
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「……ねえ」
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誰に向けたか分からないまま、呟く。
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「これでよかったよね」
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答えは返ってこない。
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大丈夫。
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問題ない。
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“もう決まっているから”。
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遠くで。
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誰かが、同じ曲を再生する。
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ねえ
誰にする?
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その声が。
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少しだけ、重なって聞こえた気がした。
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多分。
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気のせいだ。
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――次回、第9話
【SELECT】




