【NOISE】
駅前広場でのLIVE直前。
辺りは、光で満ちていた。
ネオン、看板、街灯。
深夜まで人の流れが絶えない場所。
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「……本当に、やるのね」
遥がつぶやく。
その横で、永瀬は機材を確認している。
アンプ、ケーブル、インターフェース。
作業の手は迷わない。
むしろ、いつもより正確だった。
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「配信、もう繋がってるぜ」
直人が言う。
スマホの画面を見せる。
【同時接続:3,482】
リアルタイムでどんどん増えている。
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「……まだ引き返せる」
遥が言う。
「今なら」
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「無理だな」
即答だった。
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「もう、始まってる」
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遥が言葉を失う。
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黒瀬ミカが、マイクの前に立つ。
軽く息を吐く。
その瞬間、空気が変わる。
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「ねえ」
ミカが振り向く。
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「どこまでやる?」
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永瀬は、一瞬だけ考える。
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「1曲だけ」
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遥が顔を上げる。
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「それ以上は?」
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「やらない」
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「……信じていいの?」
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一拍。
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「データを取るだけだ」
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その言葉で。
遥の顔から、完全に感情が消えた。
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「……最低」
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「知ってる」
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だが、止まらない。
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【同時接続:8,921】
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コメントが流れる。
『きた』
『生配信!?』
『例の曲やる?』
『やばい予感する』
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「いいね」
ミカが笑う。
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「ちゃんと“集まってる”」
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ユラは、少し離れた場所でそれを見ている。
無表情。
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「観測条件、良好」
小さく呟く。
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永瀬が、ギターを構える。
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心臓の音が、少しだけ速い。
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だが。
恐怖じゃない。
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期待だ。
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「……いくぞ」
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最初のコード。
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その瞬間。
広場のざわめきが、わずかに沈む。
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誰も気づかないレベル。
でも、確実に。
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【触れたはずの温度】
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ミカの声が、流れ込む。
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【指の隙間でバグってる】
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人の流れが、少しだけ鈍る。
足が止まる。
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【呼ばれた名前
振り向いたのは誰だっけ】
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永瀬の耳が、全てを捉える。
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音の位置。
人の呼吸。
感情の揺れ。
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全部、分かる。
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「……ここか」
小さく呟く。
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【ログにも残らない声が
喉の奥でループする】
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一人、足を止める。
二人、三人。
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“集まる”。
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“揃う”。
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“ピークに近づく”。
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「……まだ足りない」
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無意識に、ボリュームを上げる。
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【“ここにいる”って証明は
その時点で意味がない】
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広場の中心。
人の密度が、上がる。
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スマホが一斉に向けられる。
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【同時接続:21,403】
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「……いい感じ」
ミカが、笑う。
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【正しさなんていらないよ
今、感じたそれだけで】
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空気が、引き締まる。
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永瀬の中で、確信が生まれる。
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“ここで上げれば、跳ねる”
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【壊れていく順番を
選べるならいいじゃない?】
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「……もう少し」
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指が、意図的に動く。
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音を“寄せる”。
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感情のピークへ。
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遥が叫ぶ。
「もうやめて!」
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聞こえている。
でも。
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「まだだ」
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【ERROR ERROR
私はここにいない】
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サビ。
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その瞬間。
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“世界が、割れた”。
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音が、一瞬遅れる。
光が、ズレる。
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人の輪郭が、揺らぐ。
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「……っ!」
誰かが声を上げる。
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一人、消える。
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二人、消える。
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三人。
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“連鎖”。
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「……はは」
小さく、笑いが漏れる。
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止まらない。
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【名前を呼ぶたびに
形がズレてく】
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永瀬の指が、さらに動く。
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「ここだ」
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音を、強くする。
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“意図して”。
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【ERROR ERROR
消えていくほうが正しい】
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さらに、消える。
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「……智樹!!」
遥の声。
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でも。
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【ねえ、その一秒だけ
永遠にして】
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終わる。
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静寂。
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広場。
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人が、減っている。
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明らかに。
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でも。
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誰も、気づいていない。
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「……成功だ」
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その言葉は。
あまりにも、軽かった。
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【同時接続:58,902】
【再生数:2,184,331】
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コメントが爆発する。
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『やばい』
『今の何?』
『人いなくなった?』
『気のせい?』
『でも鳥肌やばい』
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永瀬は、スマホを見る。
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数字。
結果。
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「……再現できた」
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その瞬間。
はっきりと理解する。
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“これは、制御できる”
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背後で。
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ミカが、囁く。
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「ねえ」
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振り向く。
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「もっとやろうよ」
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その目は、完全に同じだった。
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壊す側の目。
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ユラが、静かに言う。
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「いい感じ」
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「もう、“音”じゃなくなってきたね」
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「ちゃんと“現象”になってる」
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遥は、その場に立ち尽くす。
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「……これ」
震える声。
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「もう、止まらない」
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誰も否定しない。
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永瀬は、ただ一言。
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「次は」
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少しだけ笑った。
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「もっと綺麗に消せる」
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その言葉で。
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完全に、壊れた。
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次の瞬間。
その発言自体が、どこにも残っていなかった。
ログにも。
録音にも。
配信のアーカイブにも。
まるで最初から、
“言っていないこと”になったみたいに。
「……今、なんて言った?」
誰の声だったのか分からない。
ただ。
画面の向こうで。
コメントが、一斉に流れる。
『今の何?』
『消えた?』
『聞こえたよな?』
永瀬は、何も答えない。
ただ。
確信だけが残っている。
――“これは、消しているんじゃない”
再生は続いている。
なのに。
“違う何か”が、混ざり始めている。
その時。
イヤホンの奥で。
誰かが、はっきりと囁いた。
「ねえ」
……それは。
さっきまで、存在していなかった声だった。
――次回、第7話
【REWRITE】




