【TRACE】
再生された瞬間。
音は、まだ鳴っていなかった。
それでも――
“何か”が、先に動いた。
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コンビニの照明が、一拍遅れて点灯する。
蛍光灯の白が、わずかにズレる。
時間が、噛み合っていない。
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「……っ」
永瀬の呼吸が浅くなる。
分かる。
これはもう、“曲の中”だ。
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ひなのスマホから、音が漏れ出す。
微かに。
でも確実に。
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【触れたはずの温度】
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その一行で。
空気が、沈む。
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「……ねえ」
ひなが、ぽつりと呟く。
視線は画面のまま。
「やっぱりこれ……好きです」
その声は、さっきよりも軽かった。
何かが削れている。
確実に。
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外から音が消える。
車の音も、人の声も。
全部、一瞬で遠ざかる。
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【指の隙間でバグってる】
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永瀬は、無意識に一歩下がる。
景色が、わずかに歪んでいる。
直線が、直線じゃない。
遠近感が、合っていない。
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「……止めろ」
言葉が、遅い。
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【呼ばれた名前
振り向いたのは誰だっけ】
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ひなが、笑う。
「ねえ」
その目は、もう焦点が合っていない。
「私、ちゃんと“ここにいます”よね?」
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答えられない。
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【ログにも残らない声が
喉の奥でループする】
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コンビニの棚。
商品が、一列だけ消える。
空白。
ラベルだけが残っている。
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「……おい」
声が震える。
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【“ここにいる”って証明は
その時点で意味がない】
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ひなが、スマホを胸に抱く。
大事なものみたいに。
「でも、この曲があるから」
ゆっくりと言う。
「私、消えてもいい気がする」
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その言葉で。
何かが、完全に“揃った”。
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【正しさなんていらないよ
今、感じたそれだけで】
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永瀬の耳が、音を正確に捉える。
分かってしまう。
どこで“跳ねる”か。
どこで“崩れる”か。
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【壊れていく順番を
選べるならいいじゃない?】
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選んでいる。
無意識に。
今、この瞬間も。
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「……智樹!」
遥の声が、外から響く。
ドアが開く。
だが。
その動きが、遅い。
世界とズレている。
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【ERROR ERROR
私はここにいない】
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サビに入る。
同時に。
“現実”が、崩れた。
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音が消える。
一瞬だけ、完全な無音。
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次の瞬間。
ひなが、いなかった。
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そこにあったはずの空間が、
“最初から何もなかったみたいに”繋がっている。
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スマホだけが、床に落ちている。
再生は続いている。
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【名前を呼ぶたびに
形がズレてく】
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「……は?」
声が、出ない。
理解が、追いつかない。
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遥が、ドアの前で立ち尽くしている。
「……今の、見た?」
震える声。
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永瀬は、動けない。
ただ、床のスマホを見る。
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【ERROR ERROR
消えていくほうが正しい】
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画面には、再生中の波形。
そして。
コメントが流れ続けている。
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『やばい』
『鳥肌止まらん』
『なんか、涙出てきた』
『これ聴いてると消えたくなる』
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再生数。
【812,443】
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【ねえ、その一秒だけ
永遠にして】
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曲が、終わる。
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静寂。
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そして。
外の音が、一斉に戻る。
車の音。
人の声。
何事もなかったみたいに。
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「……?」
遥が、周囲を見回す。
「……あの娘は!?」
誰も反応しない。
近くにいたはずの客も、店員も。
“そんな人は最初からいなかった”顔をしている。
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「……なんで」
遥の声が震える。
「なんで、あんた……止めなかったの」
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永瀬は、答えない。
答えられない。
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視線は、スマホに固定されたまま。
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【再生数:903,221】
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あと少しで、100万。
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「……今の」
ぽつりと呟く。
「サビの入りだ」
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遥が、顔を上げる。
「……は?」
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「あの娘が消えたの」
淡々と、言う。
「サビに入った瞬間だ」
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「……何言ってんの」
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「構造がある」
目の表情が、完全に変わっていた。
恐怖でも、後悔でもない。
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「この曲」
静かに続ける。
「どこで壊れるか、決まってる」
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遥が一歩下がる。
理解してしまう。
この男は――
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「……次は」
永瀬が言う。
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【再生数:1,002,118】
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画面が、切り替わる。
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「もっといける」
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ミカの声が、後ろから重なる。
「ね?」
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振り向く。
ミカは、笑っていた。
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「最高じゃん」
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ユラが、少し離れた場所でそれを見ている。
無機質な目。
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「ほら」
小さく呟く。
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「言ったでしょ」
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「もう、戻れないって」
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――次回、第5話
【DESYNC】




