【GLITCH】
朝、世界は何もなかったみたいな顔をしていた。
テレビはいつも通りのニュースを流し、
SNSは昨夜の話題で溢れている。
――ただひとつを除いて。
ロックバンド「404 NOT FOUND」
新曲「ERROR」
その二文字が、トレンドの最上位にあった。
---
永瀬は、コンビニの前で立ち止まる。
スマホの画面。
【再生数:612,334】
一晩でここまで来ていた。
「……おかしいだろ」
誰に言うでもなく呟く。
普通じゃない。
だが、それ以上に――
“気持ちいい”。
ここまで来たことがない。
この数字が、全部を肯定してくる。
---
店内に入る。
レジ前の雑誌コーナー。
その前で、ひとりの少女が立ち尽くしていた。
制服姿。眠そうな目。
南條ひな。
雑誌の表紙を見たまま、動かない。
「……?」
違和感。
視線が、ズレている。
「おい」
声をかける。
ひなが、ゆっくり振り向いた。
「あ……」
焦点が合うまで、一瞬遅れる。
「すみません……えっと……」
言葉を探すように、目が泳ぐ。
「今、何してた?」
「え……?」
ひなは、雑誌を見下ろす。
「……分かんないです」
空気が、少しだけ冷える。
「気づいたら、ここに立ってて」
「……」
「なんか、忘れてる気がするんですけど」
無理に笑う。
その笑いが、薄い。
「思い出せなくて」
永瀬の視線が、彼女の手元に落ちる。
スマホ。
画面には、動画が開かれていた。
【ERROR】
再生ボタンは、何度も押された跡がある。
---
「それ、何回見た?」
「え?」
「この動画」
ひなは首を傾げる。
「……分かんないです」
まただ。
“分からない”。
「でも」
少しだけ、表情が変わる。
「これ、すごい好きです」
はっきりと、言った。
「なんか……ちゃんと“ここにいる”感じがする」
背筋が、ぞわりとする。
---
「……帰れ」
思わず言っていた。
「え?」
「今日はもう、見るな」
「なんでですか?」
純粋な目。
疑いがない。
「いいから」
少し強めに言う。
ひなは戸惑いながらも、頷いた。
「……はい」
でも、帰ろうとしない。
「どうした」
「……」
少しだけ、間があって。
「家、どこだったか忘れちゃって」
言った。
何気ない顔で。
---
その瞬間。
“現実”が、はっきりと歪んだ。
---
「……は?」
声が漏れる。
ひなは困ったように笑う。
「なんか変ですよね」
軽い口調。
でも、その中身は致命的だった。
---
ポケットの中でスマホが震える。
遥からの着信。
「……もしもし」
『智樹、今どこ』
声が硬い。
「コンビニ。駅前の」
『そこ、動かないで』
即答だった。
『今、向かってる』
「何があった」
一瞬の沈黙。
そして――
『消えてる』
短い言葉。
「何が」
『“場所”が』
理解が追いつかない。
「は?」
『地図アプリ開いて』
言われるまま、操作する。
現在地を表示。
その周辺――
空白がある。
ビルがあったはずの場所。
飲食店が並んでいた通り。
そこだけ、データが抜け落ちている。
「……なんだこれ」
『現実でも同じ』
遥の声が震えている。
『今、現地にいるけど――何もない』
---
視線を上げる。
コンビニの外。
確かにあったはずの景色が、
“抜けている”。
歯が抜けたみたいに。
不自然な空間。
人々は普通に歩いている。
誰も気にしていない。
---
「……気づいてないのか?」
『誰も』
即答。
『“最初から無かった”ってことにされてる』
---
ひなの声が後ろからする。
「ねえ」
振り向く。
彼女はスマホを見ている。
再生画面。
まただ。
「これ、もっと聴いてもいいですか?」
やめろ、と言いかけて。
止まる。
その目。
完全に、引き込まれている。
---
【再生数:701,992】
数字が跳ねる。
このままいけば――
もっといく。
もっと壊れる。
でも。
もっと“上に行ける”。
---
「……智樹?」
電話越しの遥。
「これ以上はダメ」
はっきりとした声。
「止めないと、本当に取り返しつかなくなる」
---
ミカの声が、頭の中で重なる。
「これ、もっといけるよ」
---
ひなが、再生ボタンに指をかける。
---
「……待て」
声が出る。
自分でも分からない。
止めたいのか。
進みたいのか。
---
その時。
背後に、気配。
振り向く。
あの少女。
無機質な目。
ユラ。
いつの間にか、すぐ後ろに立っている。
---
「ねえ」
静かな声。
「どっち選ぶの?」
---
スマホの画面。
再生ボタン。
震える指。
---
ユラが、続ける。
「止めるなら、ここが最後だよ」
一拍。
「進むなら――」
少しだけ笑った。
「もう戻れない」
---
【再生数:745,120】
数字が、跳ねる。
---
ひなが、言う。
「……再生、しますね」
---
永瀬の喉が、鳴る。
---
「……やめろ」
そう言いながら。
目は、画面から離れない。
---
指が、落ちる。
---
再生。
---
その瞬間。
コンビニの照明が、わずかに“遅れた”。
---
――次回、第4話
【TRACE】




