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"ERROR"  作者: 色斑にじみ
2/15

【LOOP】




再生数は、止まらなかった。


楽屋の薄暗い蛍光灯の下で、永瀬智樹はスマホの画面を見続けている。


【再生数:82,114 → 103,992 → 148,203】


更新するたびに数字が跳ねる。


こんな伸び方、見たことがない。


「……バグってんのか、これ」


思わず呟く。


だが、違う。


コメント欄も同じ速度で増えていた。


『何これ、やばい』

『途中で記憶飛んだんだけど』

『鳥肌止まらん』

『これ聴いたあと、部屋の違和感すごい』


スクロールする指が止まる。


――違和感。


その言葉が、やけに引っかかった。


「見てた?」


声が飛んできた。


白石遥だった。


腕を組んだまま、画面を覗き込んでいる。


「ああ」


「……伸びすぎでしょ」


冷静な口調。だが、その奥に警戒が混じっている。


「いいことだろ」


永瀬は視線を画面から外さないまま答える。


「いいこと、ね」


遥は短く息を吐いた。


「一人、消えた」


空気が止まる。


永瀬の指が、ぴたりと止まった。


「……は?」


「さっきのライブ」


遥は真っ直ぐこちらを見る。


「最前列。女の子。あんた見てたでしょ」


脳裏に浮かぶ。


目が合った少女。


――いない。


「……いや」


言葉が詰まる。


「勘違いじゃないのか」


そう言いながら、自分でも分かっていた。


それは“逃げ”だと。


遥は首を横に振る。


「私、人数カウントしてたの」


「は?」


「三十一人。ちゃんと数えてた。でも終わった後、三十人だった」


「……」


「しかも誰も気づいてない」


沈黙。


遠くで、ミカの笑い声が聞こえる。


「ねえ、それってさ」


軽い足音と一緒に、黒瀬ミカが近づいてくる。


スマホを覗き込んで、楽しそうに言った。


「壊れたってことだよね?」


遥の表情が一瞬で変わる。


「笑い事じゃないわ」


「えー?」


ミカは首を傾げる。


「だって、すごくない?」


その目は、本気だった。


「これ、もっといけるよ」


「……は?」


永瀬が顔を上げる。


ミカは笑っている。


ステージの上と同じ顔で。


「さっきの曲。もう一回やろうよ」


「は?」


遥が即座に口を挟む。


「ダメに決まってるでしょ」


「なんで?」


「“なんで”じゃない!」


珍しく声が強くなる。


「人が消えてるかもしれないのよ!?」


「“かも”でしょ?」


ミカはあっさり言う。


「曲で人が消えるなんて、誰が信じるの?」


「……」


遥が言葉を失う。


その一瞬の隙を、ミカは逃さない。


「それにさ」


スマホを指差す。


再生数は、さらに伸びている。


【再生数:231,884】


「これ止めるの?」


静かに、でも確実に刺さる言葉。


「こんなの、もう二度と来ないよ?」


永瀬の視線が、画面に戻る。


数字が、増える。


増え続ける。


ずっと欲しかったもの。


ずっと届かなかった場所。


――ここにある。


「……」


喉が乾く。


遥が言う。


「ダメ。これはおかしい」


ミカが言う。


「チャンスだよ」


どちらも正しい。


どちらも間違っている。


その時。


「……なあ」


低い声。


橘直人だった。


壁にもたれたまま、こちらを見ている。


「俺も、見た」


「……何を」


「最前列の子」


直人の表情は、いつもより硬い。


「いたんだよ、確かに」


「……」


「でも今、思い出そうとすると顔が出てこねえ」


背筋が冷える。


「それってさ」


直人はゆっくり続ける。


「“いなかったことにされてる”ってことじゃねえの?」


沈黙。


誰も、すぐには否定できなかった。


その間にも。


スマホの通知が鳴り続ける。


【再生数:302,551】


コメントが流れる。


『これ、消される前に保存しとけ』

『なんか怖いんだけど』

『でも聴くのやめられん』


――やめられない。


永瀬は目を閉じる。


頭の中で、さっきの曲が鳴る。


完璧だった。


もう一度やれば、もっといける。


もっと――上に。


「……次」


気づけば、口が動いていた。


遥が顔を上げる。


「智樹?」


「次のライブ、いつだ」


空気が凍る。


「ちょっと待って」


遥が一歩前に出る。


「本気で言ってるの?」


永瀬は、ゆっくり目を開ける。


その視線は、もう迷っていなかった。


「今の、超えられる」


「……!」


「もう一回やれば、もっと伸びる」


「人が消えるかもしれないのよ!?」


「……だから?」


言った瞬間。


自分でも分かる。


越えた。


一線を。


遥の目が揺れる。


ミカは、嬉しそうに笑った。


「いいね」


小さく、囁く。


「そうでなくちゃ」


スマホの画面が、また更新される。


【再生数:418,902】


その時だった。


楽屋のドアの前。


誰かが立っていた。


気配がなかった。


いつからいたのかも分からない。


それは小柄な少女。


見覚えのない顔。


無機質な目で、こちらを見ている。


「……誰だ?」


直人が言う。


少女は、少しだけ首を傾げた。


そして、静かに言った。


「それ、二回目だよ」


空気が凍りつく。


「何が」


永瀬が問う。


少女は答えない。


ただ、こちらを見たまま――


「次は、もう少し大きく消えるね」


そう言って、微笑んだ。


次の瞬間。


そこには、誰もいなかった。


ドアは閉まったまま。


音も、気配もない。


「……は?」


直人が呟く。


遥は言葉を失っている。


ミカだけが、ぽつりと呟いた。


「いいね、それ」


楽しそうに。


「最高じゃん」


スマホの画面。


再生数は、まだ伸びている。


止まる気配はない。


――次回、第3話

【GLITCH】

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