【LOOP】
再生数は、止まらなかった。
楽屋の薄暗い蛍光灯の下で、永瀬智樹はスマホの画面を見続けている。
【再生数:82,114 → 103,992 → 148,203】
更新するたびに数字が跳ねる。
こんな伸び方、見たことがない。
「……バグってんのか、これ」
思わず呟く。
だが、違う。
コメント欄も同じ速度で増えていた。
『何これ、やばい』
『途中で記憶飛んだんだけど』
『鳥肌止まらん』
『これ聴いたあと、部屋の違和感すごい』
スクロールする指が止まる。
――違和感。
その言葉が、やけに引っかかった。
「見てた?」
声が飛んできた。
白石遥だった。
腕を組んだまま、画面を覗き込んでいる。
「ああ」
「……伸びすぎでしょ」
冷静な口調。だが、その奥に警戒が混じっている。
「いいことだろ」
永瀬は視線を画面から外さないまま答える。
「いいこと、ね」
遥は短く息を吐いた。
「一人、消えた」
空気が止まる。
永瀬の指が、ぴたりと止まった。
「……は?」
「さっきのライブ」
遥は真っ直ぐこちらを見る。
「最前列。女の子。あんた見てたでしょ」
脳裏に浮かぶ。
目が合った少女。
――いない。
「……いや」
言葉が詰まる。
「勘違いじゃないのか」
そう言いながら、自分でも分かっていた。
それは“逃げ”だと。
遥は首を横に振る。
「私、人数カウントしてたの」
「は?」
「三十一人。ちゃんと数えてた。でも終わった後、三十人だった」
「……」
「しかも誰も気づいてない」
沈黙。
遠くで、ミカの笑い声が聞こえる。
「ねえ、それってさ」
軽い足音と一緒に、黒瀬ミカが近づいてくる。
スマホを覗き込んで、楽しそうに言った。
「壊れたってことだよね?」
遥の表情が一瞬で変わる。
「笑い事じゃないわ」
「えー?」
ミカは首を傾げる。
「だって、すごくない?」
その目は、本気だった。
「これ、もっといけるよ」
「……は?」
永瀬が顔を上げる。
ミカは笑っている。
ステージの上と同じ顔で。
「さっきの曲。もう一回やろうよ」
「は?」
遥が即座に口を挟む。
「ダメに決まってるでしょ」
「なんで?」
「“なんで”じゃない!」
珍しく声が強くなる。
「人が消えてるかもしれないのよ!?」
「“かも”でしょ?」
ミカはあっさり言う。
「曲で人が消えるなんて、誰が信じるの?」
「……」
遥が言葉を失う。
その一瞬の隙を、ミカは逃さない。
「それにさ」
スマホを指差す。
再生数は、さらに伸びている。
【再生数:231,884】
「これ止めるの?」
静かに、でも確実に刺さる言葉。
「こんなの、もう二度と来ないよ?」
永瀬の視線が、画面に戻る。
数字が、増える。
増え続ける。
ずっと欲しかったもの。
ずっと届かなかった場所。
――ここにある。
「……」
喉が乾く。
遥が言う。
「ダメ。これはおかしい」
ミカが言う。
「チャンスだよ」
どちらも正しい。
どちらも間違っている。
その時。
「……なあ」
低い声。
橘直人だった。
壁にもたれたまま、こちらを見ている。
「俺も、見た」
「……何を」
「最前列の子」
直人の表情は、いつもより硬い。
「いたんだよ、確かに」
「……」
「でも今、思い出そうとすると顔が出てこねえ」
背筋が冷える。
「それってさ」
直人はゆっくり続ける。
「“いなかったことにされてる”ってことじゃねえの?」
沈黙。
誰も、すぐには否定できなかった。
その間にも。
スマホの通知が鳴り続ける。
【再生数:302,551】
コメントが流れる。
『これ、消される前に保存しとけ』
『なんか怖いんだけど』
『でも聴くのやめられん』
――やめられない。
永瀬は目を閉じる。
頭の中で、さっきの曲が鳴る。
完璧だった。
もう一度やれば、もっといける。
もっと――上に。
「……次」
気づけば、口が動いていた。
遥が顔を上げる。
「智樹?」
「次のライブ、いつだ」
空気が凍る。
「ちょっと待って」
遥が一歩前に出る。
「本気で言ってるの?」
永瀬は、ゆっくり目を開ける。
その視線は、もう迷っていなかった。
「今の、超えられる」
「……!」
「もう一回やれば、もっと伸びる」
「人が消えるかもしれないのよ!?」
「……だから?」
言った瞬間。
自分でも分かる。
越えた。
一線を。
遥の目が揺れる。
ミカは、嬉しそうに笑った。
「いいね」
小さく、囁く。
「そうでなくちゃ」
スマホの画面が、また更新される。
【再生数:418,902】
その時だった。
楽屋のドアの前。
誰かが立っていた。
気配がなかった。
いつからいたのかも分からない。
それは小柄な少女。
見覚えのない顔。
無機質な目で、こちらを見ている。
「……誰だ?」
直人が言う。
少女は、少しだけ首を傾げた。
そして、静かに言った。
「それ、二回目だよ」
空気が凍りつく。
「何が」
永瀬が問う。
少女は答えない。
ただ、こちらを見たまま――
「次は、もう少し大きく消えるね」
そう言って、微笑んだ。
次の瞬間。
そこには、誰もいなかった。
ドアは閉まったまま。
音も、気配もない。
「……は?」
直人が呟く。
遥は言葉を失っている。
ミカだけが、ぽつりと呟いた。
「いいね、それ」
楽しそうに。
「最高じゃん」
スマホの画面。
再生数は、まだ伸びている。
止まる気配はない。
――次回、第3話
【GLITCH】




