【VOICE】
静かだった。
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スタジオ。
誰もいない。
マイク。
譜面。
スピーカー。
黒瀬ミカは、一人で立っていた。
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「……」
何も流れていない。
音もない。
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“残っている”。
あの感覚。
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KERNELを演奏したあと。
観客の顔。
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同じ表情。
同じ呼吸。
同じ“納得”。
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「……」
目を閉じる。
(気持ちよかった)
正直に、そう思う。
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自分の声で。
人が変わる。
乱れが消える。
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「……楽だったな」
呟く。
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否定はしない。
あれは、確かに“強い”。
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でも。
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「……つまらない」
はっきりと、思う。
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理由は簡単だった。
“何も返ってこない”。
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歌っても。
揺れない。
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ズレない。
予想外がない。
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「……それ、音楽じゃないよね」
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マイクに触れる。
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冷たい。
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「……私、何してたんだろ」
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少しだけ、笑う。
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自嘲でも、後悔でもない。
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ただの確認。
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(私が好きなのは)
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思い出す。
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最初のライブ。
小さな箱。
音が荒くて。
客もまばらで。
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でも。
一人だけ。
泣いてるやつがいた。
理由も分からないまま。
ただ、何かが刺さって。
ぐちゃぐちゃの顔で。
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「……あれだ」
あれが、良かった。
あれが、“音楽”だった。
「……決まってなかった」
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だから、刺さった。
だから、届いた。
だから、ズレた。
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目を開ける。
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マイクの前に立つ。
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「……ねえ」
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誰もいないのに、声を出す。
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「決めてほしい?」
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少しだけ、間。
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「それとも」
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「決めたくない?」
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答えはない。
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でも。
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“分かっている”。
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KERNELは、答えを与える。
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だから、安心する。
だから、終わる。
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「……じゃあ」
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息を吸う。
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「私は、終わらせない」
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その一言。
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誰に向けたものでもない。
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でも。
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確実に、“何か”が変わる。
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スピーカーが、微かに鳴る。
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ノイズ。
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でも、それは。
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“整っていない音”。
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「……いいね」
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ミカが、少しだけ笑う。
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「そのままでいい」
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近づく。
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耳を寄せるみたいに。
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「逃げなくていいよ」
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優しい声。
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でも。
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甘くはない。
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「綺麗にならなくていい」
「正しくならなくていい」
「そのままでいて」
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それは。
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誰かを変える言葉じゃない。
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“変えない”言葉。
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「……ねえ」
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最後に、静かに呟く。
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「それでも、歌っていい?」
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沈黙。
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でも。
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その問いには。
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確かに、“余白”があった。
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ミカは、マイクを握る。
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「……うん」
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自分で、頷く。
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「歌うよ」
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小さく。
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絶対に揺れない声で。
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「決まらないまま」
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スタジオの空気が、わずかに震える。
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それは。
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誰も支配しない音。
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誰も導かない声。
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ただ。
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そこにあるだけの“何か”。
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そしてそれが。
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一番、抗えなかった。
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――次回、第15話
【それでも、ここにいる】




