【FRAGMENT】
最初に気づいたのは、“音のズレ”だった。
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駅前広場。
ライブの熱が、まだ残っている。
人は散り始めているが、空気は冷めていない。
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「……ねえ」
黒瀬ミカが、少しだけ首を傾げる。
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「今、変なのいた」
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永瀬が顔を上げる。
「何が」
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ミカは、群衆の奥を見る。
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「なんか……合ってない」
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遥も視線を向ける。
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「どこ」
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「……あそこ」
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人の流れの中。
一人の女が、立っている。
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動いていない。
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周囲は歩いているのに。
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その場所だけ、切り取られたみたいに止まっている。
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「……」
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永瀬の目が細くなる。
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「……行く」
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近づく。
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女は、俯いている。
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「……おい」
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声をかける。
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反応が、遅れる。
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「……あ」
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ゆっくりと顔を上げる。
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その目。
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焦点が、合っていない。
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「……私」
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口が、動く。
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「私、は――」
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言葉が止まる。
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「……誰?」
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沈黙。
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直人が小さく呟く。
「……おい、これ」
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女の手が、震えている。
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「違う」
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ぽつりと、言う。
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「違う、違う、違う」
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声が、少しずつ重なる。
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「私、ちゃんと……選んだのに」
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遥の表情が変わる。
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「……失敗体」
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「は?」
直人が振り向く。
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「REWRITEの……不完全適用」
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女が、頭を押さえる。
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「……思い出せない」
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「でも、ある」
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「消えてない」
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「混ざってる」
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言葉が、バラバラに出る。
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「やめて」
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急に顔を上げる。
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「見ないで」
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その瞬間。
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表情が、変わる。
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穏やかな笑顔。
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「……大丈夫です」
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普通の声。
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「ちょっと疲れてるだけで」
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直人が息を呑む。
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「……今の見たか?」
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次の瞬間。
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また崩れる。
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「違う!!!」
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叫ぶ。
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「これじゃない!!」
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「こんなの私じゃない!!」
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膝をつく。
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頭を打ちつける。
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「戻して」
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「戻してよ」
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「ちゃんと選んだのに」
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「なんで、残ってるの」
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永瀬の目が、わずかに見開かれる。
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「……残ってる?」
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遥が答える。
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「前の人格」
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冷静に。
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「完全に上書きできてない」
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女が笑う。
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泣きながら。
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「ねえ」
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こちらを見る。
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「どっちが本物?」
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誰も答えない。
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「ねえ」
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一歩、近づく。
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「私、ちゃんと“完成”してる?」
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沈黙。
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その問いは。
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あまりにも重い。
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「……」
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永瀬が、ゆっくり口を開く。
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「……不完全だな」
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その一言。
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女の動きが、止まる。
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「……そっか」
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小さく呟く。
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「じゃあ」
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笑う。
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「もう一回やればいいよね?」
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空気が凍る。
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「やめろ!」
直人が叫ぶ。
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だが。
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女はスマホを取り出す。
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震える手で、操作する。
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「もう一回……ちゃんと選べば」
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画面。
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「REWRITE」
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再生。
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「ねえ」
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「誰にする?」
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その瞬間。
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女の表情が、歪む。
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二つに。
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笑っている顔。
泣いている顔。
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重なっている。
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「やめ――」
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言葉は、届かない。
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音が、入り込む。
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「私、は――」
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「違う、私は――」
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「これでいい――」
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声が、三重に重なる。
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体が、揺れる。
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輪郭が、ブレる。
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「……っ!」
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次の瞬間。
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“崩れた”。
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消えたわけじゃない。
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でも。
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そこにあった“人間”は、
もうどこにも存在していなかった。
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ただ。
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“何か”が、そこに残っている。
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形は、人間。
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でも。
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それはもう、“誰でもない”。
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「……」
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沈黙。
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誰も、動けない。
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ミカだけが、静かに呟く。
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「……失敗だね」
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遥が、ゆっくり言う。
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「条件が足りてない」
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「干渉が重なった」
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「だから、崩壊した」
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分析。
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ただ、それだけ。
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永瀬は、その“何か”を見る。
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興味深そうに。
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「……なるほど」
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小さく、笑う。
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「ノイズか」
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直人が振り向く。
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「……お前、今それを」
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「排除すればいい」
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即答だった。
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その言葉で。
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完全に、境界が消えた。
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ユラが、静かに笑う。
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「いいね」
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「やっと“バグ”が出てきた」
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その声は、どこか嬉しそうだった。
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「ここからだよ」
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「本当に面白くなるのは」
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――次回、第11話
【INTENTION】




