閑話15 羽柴電器伝
皇紀2248文禄元年(1588年)1月1日。
元禄と共に羽柴電器工業株式会社が産声を上げた。
社長は羽柴藤吉郎52歳、織田家武将や尾州北伊勢区長の地位も捨て、民営株式会社を立ち上げた。
「「「明けましておめでとうござる」」」
「おめでとうさんね~」
「いやあ、めでたいめでたい。
ええか、これからは電気の時代、電気機器の時代や、ワイに着いてこい」
「「「はあ~~」」」
「なんじゃ、息が抜けとるぞ」
「今までの経歴が~~~」
「アホかいな、儂は皇国の電器王になる!」
「「「はいはい」」」
四日市に広大な工場用地の借地権を得たが、発足時の社員は三人、浅野長政、石田三成と池田長吉だけだ。
何処も人材不足でアップアップなので仕方ない。
「はいはい、もう、殿様もみんなも、せっかくのおせち料理に手をつけて」
「はあい、恋女房様~~」
「昔を思い出すわね~~」
「そうだの~」
レンガ館の二階建てが5棟に、工場1棟、目指すは電球の量産だった。
「本当に殻簾職人はいらなかったのかいな~~」
「あんな手作りじゃ量産なんかでけんわ、機械で作って量産じゃ」
「はあ~」
「なせばなる、儂は世界の電器王になる!」
「「「はいはい」」」
目のつけどころが良いと貴丸もお墨付きだ。
汽缶蒸気暖房機が普及してきて、汽車発電機が追加できる。
家庭で一番面倒なのが照明、今は軽油ランプが主流になっているが、地震で落ちて割れて火が出た例もあり、置き換わる需要があった。
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「京都八幡の竹の蒸し焼きが良いってどこから?」
「そんなんええやろ、とにかくやったれ」
「はいはい」
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「真空密閉がうまくいかんのや~~」
「悩んだかて、どないもならんなら、儂にまかせい」
「へ!?」
「どっかから、人攫ってくるわい」
「「「え~~」」」
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「大将、やっぱ堺の職人は手先が違いまんな~、機械も調子ええわ」
「そやろ、どや、給金ははずむさかい、ずっとおってや」
「「へい、面白いでやりまっさ~~」」
4年で量産体制が整い、折良く家庭用の発電装置が産技研から発表され、その製造も始まった。
「よっしゃ、バンバン、売って、売って、売りまくれや~」
「大将、千時間じゃすぐ切れてしまいまっせ」
「それでええのや、切れればまた買うやろ、そのためのネジ口金や、ええか、1コ10文、5コで45文、切れたのと交換なら7文や、回収したのは原料になる」
「「「おおお~~~」」」
「発電機と配線は仕入れ利益1割で売ったれ、顧客をガッチリじゃ~」
「「「ガッチリ!!!」」」
こうして、羽柴電器は創業十年で日本の売上げトップ企業へ躍進。
その後も研究開発に力を入れて様々な家電製品を世に送り出す日本皇国の看板会社へと発展していったのだった。
羽柴藤吉郎は宣言通り、皇国の電器王、世界の電器王と呼ばれた。




