閑話13 発展する産業
堺から大阪一帯に、兵器、自走車、造船や鉄道関連、汽缶汽車、発電機、発動機など、重機械産業の工場が建ち並ぶようになっていった。
溶接技術の発展で、汽缶の耐圧性が上昇。
鉄道自走車船の機関の性能が飛躍的に上がり、小型化にも寄与している。
工場への電力供給のために火力発電所も開設された。
三河一帯は綿花栽培に力を入れて、繊維産業が盛んになった。
養蚕が盛んな地方でも製糸から布織りまでの工場ができて、柄や衣服の仕立ての優劣を競うようになった。
美濃では、需要が高まったレンガ産業関連から建築資材全般が花盛りだ。
また、美濃和紙の技術から間伐材を原料にする製紙業も発展中、清流3川のおかげとも言える。
北九州では、炭鉱からの石炭を骸炭にするプラントができ、関連の化学工場群が発展していくことになる。
工場への電力供給のために火力発電所も開設された。
輸入鉄鉱石から製鉄を行う官営八幡製鉄所もでき、後には軽銀電気精錬所もできることになる。
瀬戸内海は貨物船が行き交う日本皇国の海のハイウェイになっていくのだった。
官営釜石製鉄所は、圧延鋼板の工場も稼働して、タイミング良く溶接技術がマッチング、ドラム缶工場が立ち上がった。
骸炭化工場からから出るピッチやタール軽油などを入れる容器が不足していたので作るそばから売れ、八幡製鉄所でも作るようになる。
強酸の濃硫酸は金属容器は不可なのでガラスの一斗瓶を緩衝材の藁で包んで更に木枠で固定する運搬容器が作られている。
硝石から作られる硝酸や、木酢液からできるメタノール、獣脂から得られるグリセリン、ワセリン、三河の木綿が、伊賀山中や信濃山中にある官営工場で無煙火薬に加工され、真鍮板や鉛を原料とする、銃弾や砲弾になっていた。
溶接は、鉄と反応してしまう空気中の酸素や窒素が不純物となり、強度低下を引き起こすが、安価な炭酸カルシウムで溶接鉄棒を覆い、空気との接触を防ぐ方法で一気に実用化された。
作業員の保護には殻簾の内側に炭を固着させた眼鏡、珪藻土フィルター付きのマスクも装着させ、分厚いゴムの手袋や、熱を防ぐ防護板も支給されている。
技能を持つ者を大切に扱う風潮が形成されていた。
溶接技術は、板材合わせて電極で挟み圧力をかけて高電圧を流すスポット溶接や、電極をローラー状にするシーリング溶接なども開発されて、様々な産業に応用されていった。
一番影響されたのは造船業で、自由に曲げられる鉄板を溶接でつなぎ合わせることで、木材よりも遥に強靱な外板に応用、これによって、総鋼鉄船の建造が可能になった。
もちろん多くの高価な鉄が必要なので軍船からの応用、今までよりも大きな総鋼鉄船を設計、汽缶汽車の出力も上がっていて、帆走に頼らない旗艦になった。
軍備は着々と整えられてる。




