第32話 黎明
「病気の牛を見つけるというのはこういうことやったんどすな」
「うん、牛の痘瘡(天然痘)、牛痘だよ」
「子馬で継代して毒性を弱め、それを接種した牛には、牛痘が感染しないのがわかり申した。
ヒトの痘瘡にも効果が出ることも証明しましたぞ」
「まことに凄いことや」
「原理を免疫と名付け、できあがった方法を種痘といたした」
種痘液の保存方法や接種方法(量や接種場所)も確立、すでに種痘を経験している被験者も数百人、医療従事者の教育もすませているらしい。
(いやいや、3年ぐらいで人体実験してるとは思わんかったぞ。
まったく~)
天正元年(1573年)冬には典薬寮(薬司)に当代の名医曲直瀬道三・北村宗龍・永田徳本などやその弟子達が招集されて、いろいろなことに取り組んでいた。
「白兎の子らには悪いことをしたんやが、はらや(塩化水銀)やはふに(鉛白)の害毒の証明になったよってな」
「すぐに禁止の御勅令を出してもろて、天花粉のおしろいになったのはよろしかったのう」
「ほんまや、お公家様や高家様やら乳母が使ってたんやさかいな。
そりゃ、可哀想なことも多かったんやろな、恐ろしいこっちゃ」
「それにしてもこの顕微鏡というものは凄いのう」
「風土病の原因をつきとめたんは大成果や」
「寄生虫はでかいからまだ見える。
病はもっと小さな病原菌が引き起こすんや」
「さようであったか」
「特効薬があればのう」
「地道に調べてや。
あの風土病は淡水の貝を治水で隔離したり、駆除するか、水に触れないように手足を保護して作業するとかで予防するしかないわ」
「その小さき病気の原因菌でも、増やせたら見えるようになるかのう?」
「あ、そやな、熱湯消毒や酒精消毒できるやん。
寒天にいろいろな栄養素を加えて増やす方法があったかもしれん。
自信ないんやけど」
「「「やってみまひょ」」」
(こういうのがラノベ的展開だよね、必殺やってみなはれ。
そのうちカビから抗生物質発見かな)
何百年も早い近代医学の黎明だった。
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「見てみい、蒸気で羽車をまわして繋いだ風車で風を吹き込む自動フイゴや」
「すげ~」
(汽缶からの蒸気暖房は教えたけどなあ。
その力で羽をまわすなんてさ。
・・・三吉って天才なの?)
「フイゴの代わりを考えたんはワイやろ」
「回転棒から蒸気が漏れないよう封輪に油を供給する仕組みはワイの腕やぞ」
「そもそもあんさん、鍛冶の腕はそこそこやで、羽根はワイが作ったのやろ」
「なはは」
(堺の鉄砲鍛冶屋御三家、幸右衛門・和左衛門・輝之介もマジ優秀。
熱源は鍛冶に必要な炉、ガラス炉にも高炉にも応用できる。
軸受けのシールが完成してるなら、船のスクリューもできそうだな。
・・・スクリューって日本語でなんって言うんだろう)
「これで臼をまわせば水車に置き換わるやろ。
車輪をまわせば自走車やん、船にも応用できるやろ。
すごいわ~」
「「「「え!おお~」」」」
(産業革命やな、マジで)
何百年も早い近代工学の黎明だった。
今まで、貴丸は思い出してはいろいろなことものを試作してきた。
自分で完成させるより職人さんに任す方が早い。
その結果、典薬寮や堺の工房や、いろいろなところで様々なとり組みをして、中には忘れて、出てきてびっくりみたいなことも多々ある。
設計図を書いているペンとインクもその一つ、すでに広まっているらしい。
工房に鉛筆も転がっていた。
(あ、めっちゃ忘れてた・・・佐渡島に金や銀がどっさりあるんだった)
信長様に会って知らせたら、早く教えろと拳骨を頭に落とされた。
越後の上杉に任せるところだったらしい。
「拳固は無いやろ、解せん!」




