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オイナカムイ伝  作者: 日川文月
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閑話3 ケマリ

伝統ケマリは日本の平安時代から現代まで続いた貴族の球技。

皮製の鞠(直径6.3寸、重さ30匁程度)を一定の高さで蹴り続る回数を競う競技である。

若者が音楽に合わせて踊りながら技を見せあう採点競技ケマリングも派生し、世界大会も開かれるようになっている。


単にケマリという場合はスポーツケマリを指す。

スポーツケマリは、戦国期末、武田・朝倉・浅井連合軍のアイヌモシリ軍事演習中に始まった小隊単位(伍)の訓練がルーツで、得点を競う娯楽競技に発展した。

縦20間横10間の枠内で5人が鞠を蹴り合い、相手の守るゴル(伍留)に蹴り込むと得点(ゴール)となる。

伍のうち指揮官(伍長)はゴル前で手を使い防いでも良いが、他の兵は手を使ってはいけない決まりだった。


当初から熱くなってフンドシ一丁になった兵士に怪我が絶えないことから、制服を脱ぐ行為は一番の違反行為とみなされ、現在も厳しく処罰されている。

ケマリ奉行と呼ばれる審判は、当時から赤紙黄紙で違反を取り締まっており、社会的地位も高い。


ゴルの大きさは、幅1間半高さ1間の木枠だったが、入った入ってないの乱闘が起きたため、漁網をかぶせたと記録にある。

鹿革を縫い合わせた鞠(直径6.6寸、重さ110匁程度)は当時アイヌ人の間で流行っていたケマリングに似た遊びから流用したらしい。

アイヌ人達の革靴であるケリからケリマリ、ケマリとなったという説もある。


その後、試合時間やゴルの大きさ、鞠の大きさ重さなどが変わったが、基本的な要素は変わっていない。

誰でもすぐできる遊びであったため世界に広がり、派生した7人制、9人制、11人制などと様々な変遷を見せた。


西暦1896年、クーベルタンの提唱によりギリシャ王国のアテネで開催された第1回オリンピック(近代オリンピック)では、屋外での11人制ケマリが採用され、以後、国際ケマリ協会(FIKA)が室内5人制と屋外11人制で国際杯(WC)を開催し世界中で愛好されている。

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