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魔王を倒した翌日、勇者の俺が世界から指名手配された ~裏切った王国を追われたので、魔王の娘と戦争を終わらせます~  作者: レモンティー


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第五十九話 魔王の娘が、勇者に伝えた言葉

夕暮れ、リリスが俺を川辺へ呼び出した。

戦争が終わったあと、人間と魔族が力を合わせて架けた橋の下には、春の水が流れている。

「話があります」

彼女はいつになく真剣だった。

俺は隣に立った。

「どうした」

「父の墓へ行ってきました」

「そうか」

「あなたと一緒にいたことを、話しました」

俺は黙って聞いた。

「最初は、あなたを殺したかった。父の仇だから」

「知っている」

「今も、あの日のことを思い出すと苦しくなります」

彼女は川面を見つめた。

「でも、あなたが父を殺したことだけで、あなたのすべてを決めたくないんです」

俺は言葉を探した。

「俺は、許してほしいと言う資格があるのか分からない」

「許すかどうかを、今決める必要はありません」

リリスは首を振った。

「ただ、あなたと過ごした時間を、なかったことにしたくない」

橋の上を荷車が通る。

車輪の音が、二人の間をゆっくり流れた。

「ユリウス。あなたはこれからどうしますか」

「帰還門を使うかどうか、まだ考えている」

「そうですか」

彼女は微笑んだが、その目には寂しさがあった。

俺は続けた。

「向こうの世界にも、帰りたい理由がある。家族も、友人もいる」

「はい」

「でも、ここにも大切な人がいる」

リリスは俺を見た。

「それは……」

「君だ」

彼女は何も言わなかった。

俺は慌てて言葉を足した。

「だから残る、と簡単に言いたいわけじゃない。誰かのために自分の人生を決めるのは、もうやめたい」

リリスはゆっくり頷いた。

「私も、あなたに残ってほしいからといって、あなたの選択を奪いたくありません」

俺たちはしばらく川を見ていた。

「父は、最後に私へ『憎しみだけを道しるべにするな』と書きました」

リリスが言った。

俺はリリスに、まだ故郷の家族へ返事を書いていないことを話した。

「帰るか残るかを決める前に、手紙を送りたい」

「それなら、私も一緒に門まで行きます」

彼女はうなずいた。

「あなたの答えを急がせるためではありません。あなたがどちらを選んでも、見届けたいから」

その夜、俺はスーシャにも相談した。

「迷っている自分が情けない」

「迷う時間を持てるようにしたのが、私たちの戦いだったはずです」

スーシャの言葉に、俺はようやく筆を取った。

家族へ、生きていること、会いたいこと、今いる場所にも大切な人がいることを書いた。

翌朝、リリスと帰還門を訪れた。

門の前には、帰る人と見送る人が並んでいた。

泣いている者も、笑っている者もいる。

俺は封筒を門番に預けた。

封をする前に何度も読み返した手紙だった。

故郷へ戻る約束も、この世界に残る約束も書いていない。

ただ、誰かに命じられたのではなく、自分で考えていることだけは伝えたかった。

門番は送り先の確認を終えると、丁寧に封筒をしまった。

いつ届くかは分からない。

それでも、届く可能性があるだけで、胸の奥の重みが少し変わった。

「今日は手紙を送るだけにする」

「分かりました」とリリス。

俺たちは川辺の橋へ戻り、欄干にもたれた。

「私は、父を忘れないために、ずっと憎しみを抱えていなければならないと思っていました」

「そうだったのか」

「でも、忘れない方法はほかにもありました」

彼女は橋を指した。

「父が守ろうとした人々が、今はあの橋を渡っています。子供たちは同じ学校へ通っています」

「そうだな」

「だから、私はあなたと一緒に、その続きを見たい」

俺は彼女を見た。

「それが、伝えたかったことか」

「はい」

リリスは少し照れくさそうに笑った。

「それと、もう一つ」

「何だ」

「いつか私を許してほしいと、あなたが言う日が来ても、私はすぐには答えられないかもしれません」

「分かってる」

「それでも、隣を歩いてくれますか」

俺は頷いた。

橋を渡る途中、俺はリリスに一つだけ聞いた。

「俺たちのことを、周りはどう思うだろう」

彼女は少し考えた。

「父の仇と一緒にいるなんて、と言う人はいるでしょう」

「君も傷つく」

「ええ。でも、私が自分で選んだことです」

俺は頷いた。

「俺は君の過去を消せない」

「私も、あなたの過去を消せません」

彼女は手を握り直した。

「だから、隠さずに歩きたいんです」

その言葉を聞いて、俺はようやく肩の力を抜いた。

誰かに許されたから、隣に立てるのではない。

互いが傷を知ったうえで、今を選ぶ。

帰る道があるからこそ、残る選択にも意味がある。

俺はリリスの手を握り、決めるまでの時間を自分に許した。

それは簡単ではないが、嘘ではなかった。

橋の向こうでは、ユアンが兄と並んで歩いていた。

少年は俺たちを見つけ、手を振った。

「勇者様! 学校で新しい本を借りたよ!」

「どんな本だ」

「橋の作り方!」

俺は笑った。

「難しそうだな」

「でも、いつか自分で作りたいんだ」

リリスが微笑んだ。

「きっと作れます」

ユアンは元気よく走っていった。

俺たちはその背中を見送った。

誰かの未来を決めつけないこと。

それが、今の俺たちにできる約束だった。

リリスが手を差し出した。

初めて出会った森でも、彼女は同じように手を伸ばしていた。

あのときは互いを信じられなかった。

今も過去は消えない。

それでも俺は、差し出された手を取った。

リリスは俺の手を握ったまま、橋の下を流れる水を見つめた。

「私たちが初めてここを渡ったとき、護衛の兵士たちは互いの背中を疑っていましたね」

「ああ。荷車が一台通るだけでも大仕事だった」

「今は、子供たちが学校の帰りに走って渡ります」

俺は欄干に残る修理の跡を見た。

木の色が違う場所は、嵐の翌日に村の職人たちが取り替えた板だ。

俺一人では持ち上げられなかった梁を、人間と魔族が声を掛け合って運んだ。

「俺はまだ、どちらの世界で生きるか答えを出せない」

「はい」

「でも、君に何も言わずに消えることだけはしない。帰ると決めても、残ると決めても、自分の言葉で伝える」

リリスは目を伏せ、それからまっすぐ俺を見た。

「それなら、私は待てます。あなたの決断を、あなた自身のものとして聞きたいから」

その約束は、英雄の誓いよりずっと小さかった。

けれど今の俺には、何より重かった。

「帰ろうか。村へ」

「はい」

川の向こうで学校の鐘が鳴った。

子供たちが家へ帰る時間だった。

俺たちも手を離さずに橋を渡った。

答えを急がなくても、今夜一緒に夕食を食べることは決められる。

その夜、リリスは父の手紙を箱へしまった。

「もう、毎日読み返さなくてもよさそうです」

「忘れないか」

「忘れません。でも、覚えているために傷を開き続けなくてもいいと思えたんです」

俺は頷いた。

彼女は箱を閉じ、窓の外を見た。

「明日は何をしましょう」

「橋の点検だな」

「また橋ですか」

「大事な仕事だ」

リリスは笑った。

「では、私も手伝います」

その約束が、どんな大きな誓いより嬉しかった。

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