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魔王を倒した翌日、勇者の俺が世界から指名手配された ~裏切った王国を追われたので、魔王の娘と戦争を終わらせます~  作者: レモンティー


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第六十話 最終話 勇者が必要なくなる日

十年後。

国境の川には、三本の橋が架かっていた。

最初の一本は、戦争が終わったあと、人間と魔族が一緒に作った『みんなの橋』だ。

二本目は商人たちが出資した石橋。

三本目は、子供たちが学校へ通うための小さな木橋だった。

俺はその木橋の釘を打ち直していた。

「おじさん、本当に勇者だったの?」

背後から声がした。

振り返ると、学校帰りの少年が立っている。

「昔はな」

「じゃあ、今は?」

「橋の修理係だ」

少年は首を傾げた。

「勇者のほうが強そうなのに」

「釘をまっすぐ打つのも、なかなか難しいぞ」

俺が金槌を見せると、少年は笑った。

川向こうの学校では、授業が終わったばかりだった。

人間の子供も魔族の子供も、同じように鞄を背負って歩いている。

角のある教師が、忘れ物をした生徒を呼び止めた。

校門には『川辺の学校』と書かれている。

十年前、子供たちが決めた名前のままだ。

「ユリウス!」

リリスが橋の向こうから手を振った。

彼女は今、国境の共同評議会で働いている。

魔王の娘という肩書は、もう公文書には使われていない。

それでも、父の墓へ花を供える日は忘れない。

俺も時々、一緒に行く。

ゼルガディスを倒した日のことは、今も胸に残っている。

それを消してしまうつもりはない。

「今日は学校の記念式典ですよ」

リリスが言った。

「もうそんな時間か」

「また橋を直していたんですか」

「ここの板が少し浮いていた」

「昨日も同じことを言っていました」

「昨日は別の板だ」

リリスは笑った。

俺たちは並んで学校へ向かった。

校庭には、スーシャとグレンがいた。

スーシャは共同診療所の責任者になり、グレンは国境警備隊の教官を務めている。

「また子供に剣術を教えていたのか」と俺。

グレンは胸を張った。

「今日は避難訓練だ。剣なんか使わん」

「偉いな」

「十年前なら、そんな褒められ方をするとは思わなかった」

皆が笑った。

ゾイドは引退していたが、式典には来ていた。

杖をついているものの、声は相変わらず大きい。

「ユリウス! お前、また遅刻か!」

「すみません、将軍」

「もう将軍じゃない!」

「俺も勇者じゃない」

二人で笑った。

式典では、ユアンが壇上に立った。

あのとき採石場から救い出された少年は、今では学校の若い教師になっていた。

「僕が子供のころ、戦争で家族と離れ離れになりました」

ユアンは静かに話した。

「でも、たくさんの人が名前を探してくれました。人間も魔族も関係なく」

客席には母親が座っていた。

彼女は目元を拭っている。

「だから、ここでは誰の名前も、簡単に忘れない学校にしたいと思っています」

拍手が起きた。

次に壇上へ上がったのはルカだった。

式典のあと、俺たちは古い石碑へ立ち寄った。

戦争で命を落とした人々の名前が刻まれている。

人間も魔族も、同じ大きさの文字だ。

俺は二人の仲間の名前を見つけた。

魔王城へ向かう旅で失った二人。

あの日、六人で王都を出発し、四人しか戻らなかった。

「報告できたかな」

俺が呟くと、リリスは隣に立った。

「きっと、まだ途中だと言われます」

「そうだな」

「でも、途中だからこそ、続けられるんです」

俺は花を置いた。

近くには、ゼルガディスの名もあった。

彼の罪を消すためではない。

彼の命もまた、戦争の中で失われた一つだったと忘れないためだ。

リリスは父の名の前に立ち、静かに頭を下げた。

俺も隣で頭を下げた。

「父さん。私は、今の暮らしが好きです」

彼女は小さく言った。

「だから、守っていきます」

石碑の向こうでは、子供たちが橋を渡っている。

十年前の俺なら、平和とは敵がいなくなることだと思っただろう。

今は違う。

意見が違う人がいても、互いの暮らしを壊さずに済むこと。

困った人を見たら、助ける方法を探せること。

そして、誰かが間違えたら、止められること。

そんな毎日が続くように働くのが、俺の新しい役目だった。

彼は王都で、帰還希望者の相談窓口を担当している。

「僕は昔、勇者になれと言われました。でも、勇者にならなくても、人を助ける仕事はできました」

子供たちが拍手した。

「今も帰還門はあります。帰る人も、残る人も、自分で選べます」

俺はその言葉を聞いて、十年前の決断を思い出した。

あの日、俺は帰還門の前に立った。

向こうの世界へ帰る道は、確かに開いていた。

俺は家族へ手紙を送った。

門を通して、無事を知らせる方法が見つかったからだ。

そして、帰るか残るかを、時間をかけて考えた。

最後に選んだのは、この世界で暮らすことだった。

誰かに命じられたからではない。

リリスと一緒に、ここで生きたいと思ったからだ。

式典が終わると、少年がまた俺のところへ来た。

「勇者がいなくて、怖くないの?」

俺は少し考えた。

「怖いことはあるさ。洪水も、病気も、争いも」

「じゃあ、どうするの?」

「みんなで備える。困ったら助けを呼ぶ。間違えたら直す」

「勇者を呼ばなくても?」

「ああ」

俺は校庭を見た。

子供たちは、今日の避難訓練で覚えた道を指差している。

橋の点検をする職人、薬を運ぶ人、授業の準備をする教師。

誰も、たった一人の英雄を待っていなかった。

リリスが隣へ来た。

「そろそろ帰りましょう」

十年前、俺は魔王を倒せば世界が救われると思っていた。

今は、橋を点検する人、教室で教える人、帳簿を確かめる人が世界を守っていると知っている。

校庭の片づけをしていると、トマが俺へ古い鉄片を見せた。

「これ、覚えてる?」

「何だ?」

「白狼砦の弩砲の部品だよ。橋の補強に使った残り」

俺は鉄片を受け取った。

十年前、ローデンが兵士たちへ向けた武器。

今は錆を落とされ、学校の工具箱に入っている。

「これで棚の金具を作ろうと思って」

「いいな」

トマは笑った。

「兄ちゃんが言ってた。鉄は鉄だって。何に使うかは自分たちが決めるって」

俺は頷いた。

エドは今、橋の保守班を率いている。

かつて反乱軍の旗の下にいた兵士が、今は人々の道を守っている。

式典の片づけが終わり、俺たちは学校へ届ける道具を荷車に積んだ。

俺たちは荷車を押して歩き出した。

積んでいるのは、学校へ届ける本と修理道具だった。

少年が追いかけてくる。

「ねえ、勇者って何だったの?」

俺は振り返った。

「誰かを助けたいと思った人のことかもしれないな」

「じゃあ、僕も勇者になれる?」

「なれる。でも、ならなくてもいい」

少年は少し考えてから笑った。

「じゃあ、僕は橋を作る人になる!」

「いいな」

俺は手を振った。

夕日が川面を照らしている。

かつて人間と魔族が殺し合った場所に、子供たちの笑い声が響いていた。

その夜、家に戻ると、俺は折れた聖剣をしまった箱を開いた。

刃の欠片は布に包み、錆びないよう手入れしてある。

もう剣として振るうことはできない。

それでも、あの日の選択を忘れないために残していた。

「捨てないんですか」とリリス。

「捨てない。これで救った人もいるし、傷つけた人もいる」

「そうですね」

俺は箱を閉じた。

「でも、明日の仕事には金槌がいる」

リリスは笑った。

「では、忘れずに持ってきてください」

窓の外には、三本の橋が見える。

誰かが壊しても、また直せる。

そう信じられることが、俺たちの勝ち取った平和だった。

聖剣の箱を棚へ戻すとき、底にしまっていた古い手配書が目に入った。

『勇者ユリウス。国家反逆罪。生死を問わず』。

あのころの俺は、世界中を敵に回したと思っていた。

今は、その紙を見ても怒りより先に、遠い日の疲れを思い出す。

リリスが覗き込んだ。

「まだ持っていたんですか」

「捨てる機会がなくてな」

「燃やします?」

「いや。残しておこう」

「どうして」

「人は間違えるって、忘れないために」

リリスは頷いた。

俺は手配書を箱に戻し、明日のために金槌を道具箱へしまった。

窓の向こうでは、最後の荷車が橋を渡っていく。

車輪の音が止むまで、リリスと並んで眺めていた。

明日も橋の修理がある。

誰かが困れば、俺たちはまた手を貸す。

それでいいのだと思った。

勇者が必要なくなる日。

それは、誰も困らなくなる日ではない。

困ったとき、誰か一人にすべてを背負わせなくてもいい日だ。

俺たちは、その日を迎えた。


ーー第三章 完ーー

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