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魔王を倒した翌日、勇者の俺が世界から指名手配された ~裏切った王国を追われたので、魔王の娘と戦争を終わらせます~  作者: レモンティー


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第五十七話 勇者のいない世界で

王都の神殿では、召喚の危機が去った翌朝、新しい祈りの文面が掲示されたという。

『誰かを救うとき、まずその人の声を聞くこと』。

スーシャはその知らせを受け、ようやく肩の力を抜いた。

「書いただけで終わらせないようにしないといけませんね」

俺も頷いた。

祈りが変わったからといって、誰かの暮らしが勝手に良くなるわけではない。

勇者召喚が止まってから、最初の一週間が過ぎた。

世界は、すぐに平和になったわけではない。

国境の見張りは必要だったし、麦の値段は高いままだった。

壊れた橋も、まだ何本も残っている。

「勇者がいなくなったのに、何も変わらないじゃないか」

市場で男が言った。

俺は荷車から釘の箱を下ろしながら答えた。

「変わらない仕事は多いな」

「だったら、召喚を止めた意味はあるのか」

「少なくとも、明日誰かが突然連れてこられて、戦えと命じられることはない」

男は考え込んだ。

「それだけか」

「それだけじゃない。これから何をするかは、俺たち次第だ」

村の防衛会議には、以前より多くの人が集まるようになった。

ゾイドは見張りの交代表を作り、グレンは魔王領の斥候と共同訓練を始めた。

ダグは片足のまま、避難路の案内役を引き受けた。

「俺の足じゃ走れないからな。走らずに逃げる道を考えた」

彼はそう言って、子供たちに地図を配った。

一方、帰還を望む召喚者たちのために、誓約の谷では小さな窓口が作られた。

オルフェンが手順を管理し、スーシャが体調を確認する。

帰るか残るかは、本人が決める。

最初に帰還を選んだのは、戦争で負傷した女性だった。

「この世界に助けてもらった人もいる。でも、向こうで待っている家族がいるんです」

俺は頷いた。

「帰れるといいな」

「あなたは帰らないのですか」

俺は少し考えた。

「まだ決めていない」

女性は笑った。

「それでいいと思います。今すぐ決めなくても」

門が開き、彼女は一歩を踏み出した。

消える直前、振り返って手を振った。

「ありがとう」

門は静かに閉じた。

誰も彼女を引き止めなかった。

その週、俺は橋の修理を手伝い始めた。

初日には釘を三本曲げた。

職人は腹を抱えて笑った。

「魔王を倒した手で、釘に負けるとはな!」

「剣とは勝手が違うんだ」

「当たり前だ。木目を見ろ」

彼は板の端を指した。

「ここへ打つと割れる。少しずらせ」

俺は言われたとおりに金槌を振った。

今度はまっすぐ入った。

「できた」

「一本な」

「一本でも進歩だ」

職人は頷いた。

昼には、王国兵だったエドが材木を運んできた。

「弟のトマが学校で設計図を習ってるんです」

「もうそんな年か」

「いずれ俺より上手に橋を作るでしょう」

エドは嬉しそうだった。

夕方、リリスが作業場を訪れた。

「今日の成果は?」

「釘を一本まっすぐ打った」

「立派です」

「笑ってるだろ」

「少しだけ」

彼女は板の上に腰を下ろした。

「魔王領の代表会議で、次の国境予算が決まりました。橋の修理費を共同で負担します」

「反対は?」

「ありました。だから議事録も公開しました」

俺は頷いた。

戦争が終わっても、意見は割れる。

それでも、意見が割れたまま一緒に仕事を進める方法はある。

夜、俺は帰還門の利用者名簿を見た。

帰った人も、残った人もいる。

未定の人もいる。

俺の欄は、まだ空白だった。

以前なら、答えを出せない自分を情けなく思っただろう。

今は、急がなくてもいいと思えた。

その夜、俺はリリスと橋を渡った。

川面に灯りが映っている。

「あなたは、帰りたいですか」

彼女が尋ねた。

「帰りたいと思う日もある。向こうの家族のことも考える」

「そうですよね」

「でも、ここでやることもある」

リリスは頷いた。

「私も、あなたに残ってほしいと命令することはできません」

「命令されたら困るな」

俺が笑うと、彼女も少し笑った。

「いつか、自分で決めてください」

俺は橋の上で立ち止まった。

以前なら、勇者であることが俺の行き先を決めていた。

今は違う。

帰還窓口では、時々難しい相談が持ち込まれた。

「私は帰りたい。でも、子供はこの世界で生まれたんです」

女性はそう言って、小さな手を握っていた。

オルフェンは急いで答えなかった。

「子供の安全と意思を確かめる必要があります。帰還先の状況も調べましょう」

「時間がかかりますか」

「かかります。ですが、無理に決めることはありません」

女性はほっとした顔をした。

俺はその会話を聞いて、門を残した意味を改めて考えた。

帰れるというだけでは足りない。

安心して選べるようにするには、情報と時間が必要なのだ。

村へ戻ると、共同評議会の掲示板に新しい規則が貼られていた。

『帰還の意思は、本人の確認なしに変更しない』。

その下に、小さな字で『相談は何度でも受け付ける』と書かれている。

リリスが俺に尋ねた。

「あなたは、いつ相談に来ますか」

「もう少し先かな」

「分かりました」

彼女はそれ以上聞かなかった。

俺はその優しさに甘えすぎないようにしたいと思った。

いつか、自分の言葉で答えを出す。

そのために、今はここで暮らし、働き、考える。

それも一つの選択なのだ。

どちらを選んでも、誰かに責められない世界を作りたい。

翌朝も俺は復興工事の現場へ向かった。

聖剣ではなく、金槌を持って。

昨日よりは木目が読めるようになったが、まだ職人の半分の速さでしか仕事が進まない。

「急ぐな。橋は一人で架けるもんじゃない」

職人にそう言われ、俺は隣の作業を待ってから釘を打った。

夕食の席で、俺は職人に尋ねた。

「もし明日、橋が壊れたらどうする」

「直す」

「材料が足りなかったら?」

「隣村に頼む」

「それでも足りなかったら?」

職人は笑った。

「別の道を作るさ。何でそんなことを聞く」

「昔は、何か壊れたら俺が全部何とかしなきゃと思ってた」

「一人じゃ橋は架からんよ」

彼は当たり前のように言った。

俺はその言葉を、ずっと覚えていたいと思った。

「明日もよろしく頼む」

職人は新しい釘を一本渡した。

橋の修理が一段落したころ、費用の精算書も届いた。

王国と魔王領が半分ずつ負担する。

書類に署名するまで三日かかったが、誰も剣を抜かなかった。

それが今の俺には誇らしかった。

それから二週間後、村の井戸が壊れた。

以前なら、俺は魔力で岩を砕いて水路を開こうとしただろう。

今は職人が集まり、原因を調べた。

「木枠が腐っている」

「水路の泥も詰まっている」

「明日まで使えないな」

村人たちは水桶を持ち、隣の井戸へ並んだ。

子供たちは小さな桶を運び、老人には若者が水を届けた。

修理は二日かかった。

不便だったし、文句も出た。

それでも、誰かを召喚する必要はなかった。

三日目の朝、水が戻ると村人たちは歓声を上げた。

俺は職人に頭を下げた。

「助かった」

「お互いさま」と彼は答えた。

俺はその言葉が好きになった。

その夜、俺は作業日誌に『井戸修理完了』と書いた。

戦争の勝利より小さな文字だったが、村の暮らしにとっては大きな出来事だった。

井戸から汲んだ水で淹れたお茶は、いつもより少しだけ美味しく感じられた。

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