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魔王を倒した翌日、勇者の俺が世界から指名手配された ~裏切った王国を追われたので、魔王の娘と戦争を終わらせます~  作者: レモンティー


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第五十話 勇者ユリウス、最後の戦い

谷に着いた時点で、夜明けまであと二時間。

王都の記録係は、俺たちが移動している間も照合を続けていた。

王都と谷を結ぶ通信石には、出発前に集めた各地の記録が届き続けていた。

ここで一から調べ始めるのではない。

すでに照合済みの記録を、契約の本体へ届けるのだ。

王都と各地の記録係は通信石でつながり、未確認の名前だけを別々に調べ続けている。

誓約の谷へ着いたとき、石の門はすでに半分開いていた。

門の向こうには、見知らぬ空が見える。

俺が生まれた世界の空なのか、それとも別の世界なのか、分からない。

「ここを通れば帰れるのか」

オルフェンが息を呑んだ。

「帰還門と召喚門が重なっています。今は通らないでください」

門の前には、石でできた守護者が立っていた。

人の形をしているが、顔はない。

胸には三つの紋章が光っている。

『契約の継続を確認』。

低い声が谷に響いた。

「継続しない!」

俺は叫んだ。

『防衛上の危機を検出。

勇者の召喚を開始』。

「危機を作っているのは、お前の仕組みだ!」

守護者は答えず、巨大な腕を振り下ろした。

俺は聖剣で受けた。

衝撃が肩へ走る。

以前なら力で押し返しただろう。

だが今は、無理に魔力を使えば契約へ吸われる。

「リリス、台座を!」

彼女は父の手紙を胸にしまい、魔王領の紋章へ手を置いた。

「私は、魔王領の代表として、新たな召喚を望みません」

一つ目の台座が光った。

スーシャが王国の紋章へ進む。

「私は神殿で育ちました。王国の代表として勝手に署名することはできません」

「では、どうする」と俺。

「評議会の同意書があります。ゾイド将軍と王都評議会の署名です」

彼女は書面を台座へ置いた。

二つ目の台座が光った。

残るのは、招かれた者の意思。

俺は剣を収め、最後の台座へ向かった。

守護者が行く手を塞いだ。

『勇者は危機を排除せよ』。

「危機を排除するために、誰かを連れてくるのはやめる」

『命令違反』。

守護者の胸が開き、光の刃が現れた。

俺は避けた。

岩壁が裂け、石片が降る。

「ユリウス!」

リリスの声がした。

「俺は大丈夫だ。記録を守ってくれ!」

守護者が再び腕を振る。

俺は剣を抜き、刃ではなく柄で関節を打った。

壊すためではない。

動きを止めるためだ。

だが守護者はすぐに立ち上がった。

『契約を守れ』。

「誰のための契約だ!」

俺は叫んだ。

守護者の動きが一瞬止まる。

オルフェンが古い碑文を読み上げた。

『招かれた者の意思を確認せよ』。

守護者の胸の光が揺れた。

「その一文を、お前たちは忘れていたんだ」

俺は台座へ手を置いた。

召喚紋が熱くなる。

頭の中に、知らない声が響いた。

『勇者よ。

魔王を倒せ』。

『勇者よ。

国を守れ』。

『勇者よ。

逃げるな』。

歴代勇者に向けられた命令が、重なって聞こえた。

俺は膝をついた。

痛みの中で、ルカの言葉を思い出す。

『僕は、誰かを無理やり連れてこないでほしい』。

オルフェンの記録も、スーシャの署名も、リリスの手紙も、すべてここへ持ってきた。

俺一人の意思ではない。

「俺は、次の勇者を勝手に呼ぶことを拒否する」

台座が強く光った。

守護者は腕を下ろした。

『拒否を確認』。

だが、門は閉じなかった。

オルフェンが叫ぶ。

「古い契約が、歴代の命令を保持しています! 今の拒否だけでは消えません!」

守護者の胸から、無数の光が飛び出した。

それは剣ではなかった。

名前だった。

壁に刻まれていた勇者たちの名が、空中に浮かんでいる。

『帰りたい』。

『戦いたくない』。

『家族に会いたい』。

小さな声が次々に聞こえた。

俺は剣を地面に置いた。

「聞こえている。全部、聞こえている」

リリスが俺の隣に立った。

「父の名前もあります」

ゼルガディスの名が、青い光の中に浮かんでいた。

彼女は手を伸ばしたが、触れなかった。

「父さん。あなたの望んだことを、今度は誰か一人の力ではなく、皆で終わらせます」

名前の光が静かに揺れた。

オルフェンが帳面を開く。

「歴代勇者の記録を、一つずつ契約へ戻す必要があります」

「何人いる」

「百を超えます」

門の光が強まり、王都の鐘楼から通信石に届いた報告では、夜明けまであと一時間ほど。

門の収束はさらに早まる恐れがあった。

照合を終えた名前から順に送り、残りは各地の記録係へ任せるしかない。

「一件ずつ読み上げていたら間に合わない」

俺が言うと、オルフェンは照合済みの頁を示した。

「各地で確認した原本の写しを同時に送ります。私たちは異議のある記録と未確認の意思だけを個別に確かめましょう」

俺は帳面を受け取った。

「なら、全員の名前を読もう」

守護者は動かなくなった。

だが門の向こうでは、まだ新しい召喚の光が生まれようとしていた。

オルフェンは歴代勇者の名簿を三冊に分けた。

「名前を読み上げるだけでなく、記録を照合してください。同じ名前の者もいます」

「間違えたらどうなる」と俺。

「別の契約を解除する危険があります。急いでも、確かめる手順は省けません」

リリスは一冊を受け取った。

「私が読みます。あなたは確認してください」

スーシャは二冊目を開いた。

「神殿の記録と照らし合わせます」

剣で道を切り開くことはできても、名簿の空欄は埋まらない。

俺たちは一人ずつ名を読み、帰還を望む声を確かめた。

オルフェンは最後の一冊を持った。

「私が知る人の名前もあります」

俺は頷いた。

谷の外では夜明けが近づいている。

それでも、名前を数字のように扱うことだけはできなかった。

一人ずつ呼ぶ。

一人ずつ確かめる。

その遅さこそ、俺たちが今までの契約と違う道を選んだ証拠だった。

最初に読み上げた名前は、勇者エルドだった。

オルフェンが記録を照合し、スーシャが同意の欄を確かめる。

「帰還希望。召喚契約の強制継続を拒否」

俺は台座へ向かって読み上げた。

光が一つ、門から離れた。

次は勇者マリア。

「戦闘任務を拒否。帰還の意思は未確認」

「未確認なら、勝手に決めない」と俺。

台座は弱く光り、その名は消えずに別の位置へ移った。

オルフェンが息を呑んだ。

「保留できる……!」

「決められない人のための場所が、最初からあったんだ」

リリスが言った。

俺たちは次の頁を開いた。

夜明けまでの時間は短い。

それでも、一人の名前を飛ばすことはしなかった。

谷の外から、鳥の鳴き声が聞こえ始める。

門の光はまだ消えない。

だが、少しずつ、召喚紋の痛みが和らいでいくのが分かった。

「続けよう」と俺。

全員の名前を読み終えるまで、俺たちはここを離れない。

最初の十人の名前を読み終えたころ、オルフェンの声がかすれた。

「休んでください」とスーシャ。

「時間がありません」

「倒れたら、もっと時間がかかります」

俺は水筒を渡した。

オルフェンは水を飲み、震える手を見つめた。

「三十七年前、私は何もできませんでした。今度こそ、全部を終わらせたい」

「一人で終わらせなくていい」と俺。

リリスが帳面を受け取った。

「次は私が読みます」

グレンが入口で見張りを続けている。

ゾイドは王都との連絡を保っている。

スーシャは記録を照合する。

誰か一人が倒れても、仕事は続けられる。

俺は門の向こうの空を見た。

まだ青い輪が残っている。

「続けよう」

今度はリリスの声が、谷に響いた。

空の色が少しずつ薄くなっていく。

俺たちは声を重ねず、一人ずつ名前を読み上げた。

剣を振るうより遅い。

それでも、今度こそ誰も置き去りにしないための戦いだった。

最後の戦いは、剣を振るうことでは終わらなかった。

俺たちは、忘れられた名前を呼び始めた。

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