第四十五話 王国が隠していた最後の契約
王都の共同評議会は、神殿の最高監督官セヴランを公開協議に招いた。
最初、彼は拒んだ。
だが召喚紋を持つ人々が王都の広場へ集まり、自分たちの体に起きていることを証言し始めると、無視できなくなった。
「私は国を守る責任がある」
協議の席で、セヴランはそう言った。
「魔王の脅威が再び現れたとき、勇者を呼べなければ誰が民を守るのですか」
「魔王は倒した」と俺。
「次の魔王が現れない保証はありません」
リリスが静かに尋ねた。
「次の魔王を生み出していたのは、誰ですか」
セヴランの顔が強張った。
「その発言は不適切です」
「父は勇者でした。召喚契約の停止を求め、拒まれた。その記録があります」
彼女は写しを机へ置いた。
「それでも父がしたことは消えません。でも、仕組みを知らずに『魔王がまた現れる』と恐れるだけでは、同じことが続きます」
セヴランはしばらく黙った。
「契約は、王国が造ったものではない」
その言葉に、会場が静まった。
「王国成立以前、複数の国が外敵に備えて結んだ古い誓約です。危機が起きたとき、異世界から力ある者を呼ぶ。王国はそれを引き継いだだけです」
「引き継いだなら、止める責任もある」とゾイド。
「簡単に言うな。契約を破棄すれば、国境を守る結界も失われるかもしれない」
ヴォルマが資料をめくった。
「結界と召喚が同じ契約に含まれている証拠はありますか」
セヴランは口を閉ざした。
「調べていないのか」と俺。
「調べることを禁じられていた」
「誰に?」
「歴代の監督官に。契約を守ることが神殿の使命だと教わった」
俺は怒りを覚えた。
だが、目の前の男もまた、仕組みを受け継ぎ、疑うことを禁じられてきたのかもしれない。
「では今、調べよう。記録を開示してくれ」
セヴランは首を振った。
「開示すれば混乱が起きる」
「隠した結果、何が起きた?」
俺の声が強くなった。
「勇者は使い捨てにされ、魔王と呼ばれた者が生まれ、戦争が続いた。混乱を恐れて隠したことが、混乱そのものになったんだ」
セヴランは反論しなかった。
休憩に入ると、スーシャが俺へ言った。
「彼を追い詰めるだけでは、資料を出してもらえません」
「分かってる。でも……」
「怒っていいんです。ただ、何を得たいのか忘れないでください」
俺は息を吐いた。
午後、俺たちは新しい提案を出した。
召喚契約の調査は、王国、魔王領、神殿、召喚された当事者の四者で行う。
記録は複製し、原本は封印する。
調査中は新たな召喚を禁止する。
セヴランは書面を読み、眉をひそめた。
「当事者にも決定権を与えるのか」
「当然だ」と俺。
「呼ばれた人間が、帰るか残るかを選べない契約なんて、契約とは呼べない」
傍聴席から拍手が起きた。
セヴランは長い時間、紙を見つめていた。
「三日ください。神殿の保管庫を開ける準備をします」
完全な合意ではなかった。
だが、初めて扉が開きかけた。
協議が終わるころ、オルフェンが駆け込んできた。
「古塔の中継点で、魔力が急増しています!」
「誰が動かした」
「分かりません。ですが、契約の古い安全装置が作動した可能性があります」
セヴランが立ち上がった。
「安全装置が作動したなら、次は召喚門が開く」
「止め方は?」
「神殿の記録にあります。私が案内します」
協議が終わったあと、セヴランは神殿の古い鍵を差し出した。
「保管庫を開けるには、監督官と記録官の二人が必要です」
オルフェンが驚いた顔をした。
「私の鍵は、もう失効したはずです」
「記録上は失効していません。あなたが任務放棄の勇者であっても、記録官としての仕事は続いていた」
オルフェンは鍵を受け取った。
「三十七年間、ずっと持っていたんです」
二人は並んで保管庫の扉を開けた。
中には、召喚の成功例より失敗例のほうが多く残されていた。
セヴランは頁をめくり、青ざめた。
「私は、これを知らなかった」
「知らなかったことを、これからどうするかだ」と俺。
彼はしばらく黙り、帳面を俺たちへ渡した。
「すべて写してください。私の署名も添えます」
契約書の原本には、消された署名の跡があった。
誰かが決めた制度なら、誰かが変える責任も負う。
俺はその空白を見つめた。
神殿の保管庫で見つかった古い文書には、召喚の失敗例が並んでいた。
『招かれた者が拒否したため、門は閉じた』。
その一文を見つけたとき、スーシャは声を上げた。
「拒否できた時代があったんです!」
セヴランが文書を覗いた。
「王国成立以前の記録です。今の術式には、この手順がありません」
「誰が消した?」と俺。
「分かりません。ですが、消したことを正当化できる理由はありません」
ヴォルマは古い契約書を広げた。
「防衛のための結界と、召喚の術式は別の項目です。少なくとも文書上、召喚を止めても結界を残す道はありそうです」
「確実なのか」
「まだ断言できません。だから現地で調べます」
俺は頷いた。
資料を見つけただけで安心してはいけない。
外では神殿の鐘が鳴っていた。
セヴランは窓を見た。
「私はこの鐘を聞くたび、国を守っていると思っていました」
「守っていたものもあるだろう」と俺。
「でも、見ていなかったものがあった」
彼は小さく頷いた。
「それを記録に残します。次の監督官が同じことをしないように」
保管庫の扉を閉める前、セヴランは鍵を二本とも机へ置いた。
「これからは、監督官だけで開けられないようにするのではなく、当事者も立ち会えるよう規則を変えます」
スーシャは彼を見た。
「その約束を、書面にしてください」
セヴランは苦笑し、すぐに紙を取り出した。
古塔の魔力が急増した知らせを受け、セヴランは神殿の若い神官たちを集めた。
「私が今まで教えたことの中に、誤りがあったかもしれません」
神官たちは顔を見合わせた。
「では、何を信じればいいのですか」
「記録を調べ、目の前の人の声を聞きなさい。私の言葉だけを信じる必要はありません」
その言葉を聞いて、スーシャが小さく息を吐いた。
「私も、昔そう言ってほしかった」
セヴランは彼女へ頭を下げた。
「遅すぎたことは分かっています」
「遅くても、今から変えることはできます」
俺は二人を見た。
国を守る制度は、誰か一人の正しさでは続かない。
疑い、確かめ、間違いを直せる仕組みが必要なのだ。
セヴランは保管庫の前で深く息を吐いた。
誰かの命令を守ることより、目の前の人の声を聞くこと。
その当たり前の難しさを、俺たちはようやく知り始めていた。
俺は彼を見た。
敵か味方かを決めるのは、今からの行動だった。




