↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王を倒した翌日、勇者の俺が世界から指名手配された ~裏切った王国を追われたので、魔王の娘と戦争を終わらせます~  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/60

第四十二話 魔王にならなかった勇者

オルフェンは、自分の名が刻まれていた場所へ俺たちを案内した。

『勇者オルフェン。

召喚後、任務放棄』。

「任務放棄?」

グレンが眉をひそめる。

「魔王を倒す命令を拒んだのです」

オルフェンは淡々と答えた。

「三十七年前、私はこの世界へ呼ばれました。故郷では書物の修復をしていました。剣を持ったこともない私に、王は魔王討伐を命じたのです」

「断れたのか」と俺。

「断りました。すると神殿は、私を勇者ではないと宣言した」

彼は自分の右手を見せた。

「称号を取り消しても、召喚紋は消えませんでした。帰る方法も教えられなかった。私は王宮の地下で、記録の整理をすることになりました」

「なぜ今まで黙っていたんですか」

スーシャの声は厳しかった。

オルフェンは答えるまでに時間をかけた。

「怖かったからです。名簿を消す命令を拒めば、次に呼ばれた子供たちがどうなるか分からなかった」

「子供たち?」

「私のあとに召喚された者の中には、十歳にも満たない者がいました」

俺はルカの顔を思い出した。

十二歳の少年が、王国から勇者として命令を受けた。

俺たちは彼を戦場から遠ざけたが、同じような子供が以前にもいたのだ。

「あなたは何をした」

「名前を記録しました。死んだ者も、逃げた者も、帰還を望んだ者も。王宮の公式史から消された人々です」

オルフェンは棚の裏から薄い帳面を取り出した。

頁には名前だけでなく、短い願いが添えられていた。

『家族に会いたい』。

『弟の誕生日までに帰りたい』。

『剣を持ちたくない』。

リリスが頁をめくる手を止めた。

「父の記録はありますか」

オルフェンは一枚の紙を差し出した。

『ゼルガディス。

帰還手続きの前に召喚契約の停止を要求。

却下』。

その下に、『王国から離脱』とある。

「父は、魔王になるために逃げたのではなかった」

リリスの声が震えた。

「そう記録されています。ただし、その後に起きた戦争の責任まで消えるわけではありません」

オルフェンは彼女を正面から見た。

「彼は契約を止めようとした。しかし、彼の軍もまた人を殺した。それは両方とも事実です」

リリスは紙を胸に抱かなかった。

机の上へ置き、何度も読み直した。

「写しを取らせてください。父を知らない人にも見せたい。でも、都合の悪い記録も一緒に」

「もちろんです」

そのとき、棚の奥から別の帳面が出てきた。

表紙には『帰還者』と書かれている。

俺は思わず身を乗り出した。

「帰れた勇者がいるのか」

「数人だけです。ですが、帰還の記録は途中で途切れています」

「どうして?」

オルフェンは頁の端を指した。

「帰還門を開くには、召喚契約の本体に触れなければならない。王国はその場所を秘匿していました」

「どこにある」

「古い地図では、王国の成立以前に造られた『誓約の谷』と呼ばれる場所です」

ヴォルマが地図を広げた。

国境から北へ二日の距離に、誰も住まない谷がある。

地図上にはただの岩山として記されていた。

「そこへ行けば帰れるのか」と俺。

「分かりません。契約は傷んでいます。帰還門が今も動く保証はない」

俺は帳面を閉じた。

帰ることを望む勇者がいるなら、その道を調べるべきだ。

だが、勝手に誰かを送り返すこともできない。

「まず本人に聞こう。誰が帰りたいのか」

スーシャが頷いた。

「ルカにも、ですね」

地下室を出る前、オルフェンは俺を呼び止めた。

「ユリウス。勇者でなくなることが、あなたには怖くありませんか」

俺は少し考えた。

「怖いのは、勇者でなくなったあとに何もできないことだ。でも、橋を作る人たちを見た。俺一人がいなくても、できることはある」

地下室の隅には、古い椅子が一脚残されていた。

オルフェンはそこへ腰を下ろした。

「最初のころは、毎日帰還門の夢を見ました。故郷の家族が待っていると信じていたからです」

「今も帰りたいか」と俺。

「分かりません。向こうで何年過ぎたかも知らない。こちらで友人ができ、仕事もできました」

「それでも選ぶ権利はある」

彼は俺を見た。

「そう言われたのは、初めてです」

スーシャが帳面を閉じた。

「帰る人、残る人、迷っている人。分けて記録しましょう。答えを急がせる必要はありません」

リリスは机に置かれたゼルガディスの紙を見た。

「父が帰りたかったのかどうか、もう聞けません」

「だからこそ、今いる人には聞こう」と俺。

俺たちは地下室を出る前に、帰還を望む者の相談窓口を作ることに決めた。

小さな机と一人の書記から始める。

それでも、今までなかった場所だった。

帰還者の帳面には、故郷の地名が記されていた。

俺の知らない言葉ばかりだったが、その中に一つ、聞き覚えのある響きがあった。

「この国の名前……俺の故郷に似ている」

オルフェンが頁を覗いた。

「召喚先は一つの世界とは限りません。同じ世界でも、違う時代につながることがある」

「なら帰れたとしても、元の時間とは限らないのか」

「そうです。だから、帰還門を開く前に確かめなければならない」

俺は指先で文字をなぞった。

魔王にならなかった勇者の存在は、契約の仕組みに例外があったことを示す。

だが一人の例外で、すべてを理解した気になるのは危険だ。

俺たちは記録をもう一度照合した。

帰りたいという願いに、簡単な答えはない。

リリスが隣へ来た。

「あなたは、帰りたいですか」

「分からない。帰りたかった時期はあった。でも今は、こちらにも守りたい人がいる」

「私のことも?」

俺は彼女を見た。

「君も、グレンも、スーシャも。橋を作った村の人たちも」

リリスは少し目を伏せた。

「父を殺した人に、そう言われるのは複雑です」

「分かってる」

「でも、聞いてよかった」

彼女は帳面を閉じた。

その日の午後、俺たちは帰還希望者の相談を始めた。

最初に来たのは、異世界から呼ばれて十年になる女性だった。

こちらで家族を持ち、子供もいる。

「帰りたい気持ちはある。でも、子供を置いてはいけない」

「今決める必要はありません」とスーシャ。

「帰還できるか調べてから、家族と相談してください」

女性は何度も頷いた。

次に来た老人は、もう帰る気はないと言った。

「こっちの畑が好きになった。だけど、次の若者を勝手に連れてくるのはやめてくれ」

俺はその言葉を記録した。

帰還の希望は一つではない。

だからこそ、誰か一人が決めてはいけないのだ。

夕方、オルフェンが俺に小さな封筒を渡した。

「これは私が召喚された日に書いた手紙です。出す相手がいなくて、ずっと持っていました」

中には短い文があった。

『母さん。

僕はまだ生きています。

帰る方法を探しています』。

俺は読み終えて封筒を返した。

「今も出したいか」

「分かりません。母はもう生きていないかもしれない」

「それでも、届ける方法が見つかったら選べる」

オルフェンは封筒を大事そうにしまった。

「選べる、という言葉は不思議ですね。ずっと昔に失くしたものを、急に返された気がする」

スーシャが帰還者の帳面に新しい欄を加えた。

『意思確認日』。

そこにはまだ空白が多い。

だが、空白を勝手に埋めないことが、俺たちの最初の約束になった。

帰り道、俺は空を見上げた。

遠い故郷の空と同じ星があるかは分からない。

だが、帰りたい人に「帰れない」と決めつけることだけは、もうしたくなかった。

オルフェンは小さく頷いた。

「それを聞けて、少し安心しました」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。