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魔王を倒した翌日、勇者の俺が世界から指名手配された ~裏切った王国を追われたので、魔王の娘と戦争を終わらせます~  作者: レモンティー


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第四十話 魔王の娘が、人間の村で笑った

春の初め、国境の村に新しい橋が架かった。

橋の名前は、まだ決まっていない。

人間側は『和平橋』と呼びたがり、魔族側は『共生橋』がいいと言った。

「名前で争うなら、橋を使う人に決めてもらいましょう」

リリスがそう言うと、村の子供たちが一斉に手を挙げた。

「お菓子橋!」

「荷車橋!」

「角のおじちゃん橋!」

グレンがむせた。

「最後のは却下だ!」

子供たちは笑った。

俺も笑った。

半年前なら、こんな光景を想像することもできなかった。

橋の完成式には、王国兵と魔族兵が並んだ。

ゾイドは軍服ではなく、作業着を着ていた。

「似合うな」と俺が言うと、彼は苦笑した。

「剣より鍬のほうが重いとは知らなかった」

「慣れるさ」

「お前に言われたくない」

その横では、エドが弟トマに橋の構造を説明している。

「ここが支柱で、ここが補強材だ」

「兄ちゃん、本当に作ったんだ」

「みんなでな」

トマは嬉しそうに橋を走りかけ、エドに襟を掴まれた。

「走るな。まだ点検中だ!」

村の広場には、共同輸送隊の荷車が並んでいた。

焼けた倉庫の代わりに建てられた保管庫には、人間と魔族の双方の印が押されている。

配給帳は誰でも見られる場所に掲示された。

麦の量は十分とは言えない。

それでも、昨日より今日のほうが少しだけ多かった。

リリスは広場の端で、一人の老婆と話していた。

以前、彼女に石を投げた村の住民だった。

老婆は手に小さな包みを持っている。

「これを、あんたに」

リリスは戸惑った。

「何でしょう」

「焼き菓子だよ。孫が作った。甘さは足りないけど」

「ありがとうございます」

老婆は視線を落とした。

「前に石を投げたこと、覚えているかい」

「覚えています」

「謝れば済むことじゃないのは分かってる」

リリスは黙って待った。

「うちの息子は魔王軍との戦いで死んだ。あんたの顔を見ると、今でも思い出す」

「はい」

「でも、橋を作ってくれたのも、孫を助けてくれたのも、あんただ」

老婆は包みを押しつけるように渡した。

「だから、ありがとうと言いたかった」

リリスは包みを両手で受け取った。

「私も、あなたの息子さんのことを忘れません」

老婆は何も答えず、ゆっくりと立ち去った。

俺は少し離れたところから、その様子を見ていた。

「よかったな」と声をかけると、リリスは首を振った。

「まだ、よかったと言っていいのか分かりません」

「どうして」

「息子さんは戻りません。私の父も戻りません」

「そうだな」

「それでも、あの人は私にお菓子をくれました」

リリスは包みを見つめた。

「今日は、それだけで十分です」

昼過ぎ、ユアンが保護所からやってきた。

以前より頬に色が戻っている。

「勇者様!」

俺は膝をついた。

「元気そうだな」

「うん。手紙が来たんだ」

「誰から?」

「お母さん!」

ユアンは封筒を見せた。

母親は国境の別の避難所に保護されていた。

名簿の綴りが違っていたため、今まで見つからなかったのだ。

「来週、会えるって!」

俺は言葉を失った。

魔族の村を初めて訪れた日に交わした約束を思い出す。

必ず探す。

あのとき、できることは名前を書き留めることだけだった。

今、目の前でユアンが笑っている。

「よかった」

それしか言えなかった。

ユアンは首を傾げた。

「勇者様、泣いてる?」

「風が強いだけだ」

「今日は風、ないよ」

リリスが横で小さく笑った。

俺は観念して目元を拭った。

夕方、橋の名前を決める投票が行われた。

結果は『みんなの橋』。

大人たちは少し気恥ずかしそうにしたが、誰も反対しなかった。

橋の入口には、小さな木札が立てられた。

『この橋は、戦争で敵だった人々が、一緒に架けました』

その下に、工事に参加した全員の名前が刻まれている。

王国兵も魔族兵も、村の職人も、子供たちも。

俺の名前は最後のほうにあった。

「勇者なのに、一番上じゃないんだね」とユアン。

「橋を作ったのは俺一人じゃないからな」

リリスが頷いた。

「誰か一人の名前だけを残したら、また同じことを繰り返してしまいます」

夜、村の広場で小さな宴が開かれた。

パンとスープ、それに焼き菓子が並ぶ。

豪華ではない。

だが、誰も食べ物を奪い合わなかった。

グレンは子供たちに囲まれ、角に花輪を掛けられていた。

「やめろ! 俺は将軍だぞ!」

「角のおじちゃん、似合う!」

皆が笑った。

リリスも、声を出して笑った。

俺はその横顔を見ていた。

初めて会ったとき、彼女は俺を殺したいと言った。

その気持ちが消えたわけではない。

俺が彼女の父を殺した事実も変わらない。

それでも今、彼女は人間の村で笑っている。

俺はその光景を、簡単な奇跡とは呼びたくなかった。

ここまで来るために、たくさんの人が傷つき、迷い、働いたのだから。

宴が終わるころ、スーシャが俺たちのところへ来た。

手には古い封筒がある。

「白狼砦の地下で見つかった召喚記録です。詳しく調べました」

「何が分かった」

「恐怖収集炉は、勇者召喚の仕組みの一部にすぎませんでした」

俺は封筒を受け取った。

橋の中央に引かれた白線は、国境を示していた。

子供たちはその線を跳び越えて遊ぶ。

線が消えたのではない。

越えても命を奪われない道になったのだ。

中には、歴代勇者の名前が並んでいた。

そして最後のページには、見慣れない文字でこう書かれていた。

『召喚契約の本体は、王国成立以前に封印された』

リリスが息を呑んだ。

「まだ、終わっていないんですね」

「ああ」

俺は封筒を閉じた。

だが、今夜はすぐに旅立たない。

橋の向こうでは、子供たちが明日の学校の話をしている。

「明日、出発しましょう」とリリス。

「そうだな」

俺たちは広場の片づけを手伝った。

勇者と魔王の仕組みを終わらせるための旅は、明日から始まる。

橋の完成式が終わったあと、俺たちは共同輸送隊の最初の便を見送った。

荷車には麦、薬、修理用の釘、それに子供たちが作った小さな木札が積まれていた。

「荷物の検査は両側で一度ずつです」とヴォルマ。

「時間がかかるな」

「かかります。でも、どちらか一方だけが検査すると不信が残ります」

俺は頷いた。

橋の真ん中で、王国兵と魔族兵が荷札を照合する。

最初は互いの数字の読み方が違い、荷車が止まった。

「この印は三じゃなくて八だ!」

「そっちの書式が分かりにくいんだ!」

口論が始まった。

グレンが駆け寄ろうとしたが、リリスが止めた。

「少し待ってください」

二人の兵士は帳面を並べ、同じ数字を別の書き方で記していたことに気づいた。

「次から共通の印を使おう」

「そうしよう」

荷車が動き出す。

リリスは小さく笑った。

「命令しなくても解決できました」

「毎回そうならいいんだけどな」

「毎回ではないでしょう。でも、話し合う練習にはなります」

その日の午後、ユアンの母親の本人確認が取れた。

名前の綴りが違ったのは、避難所で聞き取りをした書記が、地方の発音を取り違えたためだった。

「来週、迎えに来るそうです」とスーシャ。

俺はユアンへ知らせに行った。

少年は何度も同じことを聞いた。

「本当に?」

「ああ。今度は確認できた」

「お母さん、僕のこと覚えてるかな」

「忘れるわけないだろ」

ユアンは笑ったあと、泣き出した。

俺はその背中をさすった。

ずっと探していた名前が、ようやく誰かの声につながった。

夕暮れ、リリスと橋の上に立った。

川の向こうには、人間の村の灯りが見える。

こちらには魔族の村の灯りがある。

「同じ色ですね」とリリス。

「ああ。遠くからじゃ、どっちの家か分からない」

彼女はしばらく川を見つめた。

「父が生きていたら、ここを渡ってくれたでしょうか」

俺は答えられなかった。

「分からない。でも、君が渡ったことは本当だ」

リリスは頷いた。

俺たちは橋の上で、明日の輸送予定を確認した。

今夜だけは、戦争の終わった村で、人々の笑い声を聞いていたかった。


ーー第二章 完ーー

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