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魔王を倒した翌日、勇者の俺が世界から指名手配された ~裏切った王国を追われたので、魔王の娘と戦争を終わらせます~  作者: レモンティー


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第三十三話 魔王の娘が軍を率いる日

魔王領の避難民収容地には、千四百人が暮らしていた。

テントは谷底に密集し、唯一の出口は北へ続く細い橋だった。

「ここで戦闘になれば逃げ道がない」

リリスは地図を見たあと、すぐに命令を出した。

「戦える人を前へ集めるのではなく、歩けない人から先に運びます」

グレンが眉を上げた。

「姫様、敵が迫っています。防衛線を作らなければ」

「作ってください。ただし防衛線の後ろに、避難路を一本残してください」

「兵力が足りません」

「なら私が指揮を執ります」

彼女の声は静かだった。

魔王の娘が軍を率いる。

その言葉だけを聞けば、かつての王国軍は恐れただろう。

だが、彼女が最初に数えたのは槍の本数ではなく、歩けない老人と熱を出した子供の人数だった。

俺は人間側の停戦監視兵を連れて橋へ向かった。

「リリスの命令に従ってくれ」

若い王国兵が戸惑った。

「魔王の娘の命令ですか?」

「避難の指揮だ。嫌なら俺の命令だと思え」

リリスは首を振った。

「それでは意味がありません。私の判断に疑問があるなら、今聞いてください」

兵士は一瞬黙り、橋の幅を指した。

「荷車が二台すれ違えません。南から来る人と北へ逃げる人がぶつかります」

「その通りです。南側は一方通行にしましょう。荷車の戻り道は川沿いの浅瀬を使います」

「浅瀬には石が多い」

「魔族の土術師を二人回します」

兵士は頷いた。

「それなら通せます」

命令が通った瞬間だった。

昼過ぎ、反乱軍の先遣隊が谷の入口に現れた。

兵士たちは魔族の旗を見て足を止めた。

「魔王軍がいるぞ!」

「避難民を守っているだけだ!」

俺は大声で叫んだ。

だが先遣隊の指揮官は、後ろから来た伝令の命令書を読み、弓兵を並べた。

「避難民収容地は反乱軍の管理下に置く。抵抗する者は排除せよ」

リリスが前へ進んだ。

「収容地には子供がいます。武器を持たない人々への攻撃は停戦協定違反です」

「魔王の娘が協定を語るな!」

矢が放たれた。

俺が弾くより早く、リリスの前に半透明の壁が生まれた。

矢は壁に刺さり、地面へ落ちた。

「グレン、前衛は橋から離れて! 敵を追わないでください!」

「了解!」

グレンは部下を谷の両側へ配置し、矢を射る兵の視界だけを遮った。

俺は反乱軍の先頭へ走り、槍を折って進軍を止めた。

敵の指揮官が叫ぶ。

「勇者が魔王軍に寝返ったぞ!」

「寝返ったんじゃない。避難民を守っている!」

俺は彼の剣を弾き飛ばした。

しかし、それで戦いは終わらなかった。

谷の反対側で、荷車の車輪が外れたのだ。

病人を乗せた荷車が傾き、橋の入口を塞いだ。

「動かせません!」

人々が押し合い始める。

リリスは防壁を維持したまま振り返った。

「押さないで! 子供を先に降ろしてください!」

彼女の額に汗が浮かぶ。

防壁を張り続ければ魔力が尽きる。

だが解除すれば矢が飛んでくる。

俺は反乱軍の弓兵へ向かって叫んだ。

「橋の上を見ろ! あそこにいるのは敵兵か!」

一人の弓兵が矢を下ろした。

別の弓兵も続いた。

指揮官は怒鳴ったが、誰も二射目を放たなかった。

その間に、グレンが荷車の軸を持ち上げ、王国兵が予備の車輪をはめた。

荷車が動き出す。

リリスは防壁を解いた。

膝が折れかけた彼女を、俺が支えた。

「無理をするな」

「私が倒れても、避難は続きますか」

「続く。皆が手順を覚えた」

リリスは初めて笑った。

夕方、避難民は全員谷を抜けた。

負傷者は出たが、命を落とした者はいなかった。

反乱軍の先遣隊は撤退し、指揮官だけが拘束された。

夜、収容地の長老がリリスの前へ来た。

「ゼルガディス様なら、敵を追い払うために軍を動かされたでしょう」

リリスは首を振った。

「父ならどうしたか、私には分かりません。でも、今日は皆さんを逃がすことを選びました」

長老は深く頭を下げた。

「それが、今の我々に必要な命令でした」

その言葉を聞いたグレンは、誰にも見えないように目元を拭った。

俺たちは焚き火の前で、明日の補給を相談した。

「軍を率いる気分はどうだった」と俺が聞く。

「怖かったです。間違えたら、私の命令で人が死ぬ」

「それでも指揮を執った」

「誰かが決めなければならなかったから」

リリスは炎を見つめた。

「父も、毎日こんな気持ちだったのでしょうか」

俺は簡単に答えなかった。

リリスは命令書の末尾に「民家への侵入を禁ずる」と書き加えた。

父の軍がかつて踏み越えた線を、今度は自分の名前で引くのだ。

彼女が知りたいのは、父が正しかったかどうかではない。

父が背負っていたものの重さだった。

翌朝、ゾイドから知らせが来た。

ローデンは避難民収容地への攻撃失敗を受け、北部の兵を一か所へ集結させ始めたという。

目的地は、かつて王国と魔王領の軍が争った古い城塞だった。

そこで何をするつもりなのか。

俺たちはまだ知らなかった。

避難のあと、収容地の医者がリリスを呼んだ。

「熱を出した子供が七人います。薬は三人分しかありません」

リリスは配給帳を開いた。

「魔王領の北の村から運べませんか」

「道が崩れて、荷車は通れません」

「なら、馬で運びます」

「護衛をつければ防衛が薄くなるぞ」とグレン。

リリスはしばらく考えた。

「薬を運ぶ人を守るために、薬を待つ人を危険にさらしてはいけませんね」

彼女は谷の避難図を広げた。

「浅瀬を使って小舟を出せませんか。川を下れば、崩れた道を迂回できます」

王国兵の一人が手を挙げた。

「漁師の家で育ちました。流れは読めます」

魔族の土術師が続いた。

「浅瀬の岩を少し動かせば、舟底を傷つけずに通せる」

二人は地図の上で指を動かし、互いの言葉を確かめ合った。

夜半、小舟が薬を積んで戻ってきた。

熱の高かった少女は、翌朝には少しだけ水を飲めた。

リリスはその枕元に座り、手を握った。

「怖かった?」

少女は頷いた。

「でも、角のお姉ちゃんがいた」

「私も怖かったです」

「お姉ちゃんも?」

「ええ。間違えたら、みんなを守れないと思いました」

少女は不思議そうにした。

「じゃあ、何で逃げなかったの」

リリスは少し考えた。

「逃げたら、もっと怖くなると思ったからです」

少女は眠りについた。

俺は入口でその会話を聞いていた。

「立派な指揮官になったな」

リリスは首を振った。

「まだまだです。さっきだって、薬をどう運ぶか、あの二人に教わりました」

「それでいいんじゃないか。全部知ってる指揮官なんていない」

彼女は静かに笑った。

「父にも、そう言ってあげられたらよかった」

俺は答えず、彼女と一緒に夜明けの川を見た。

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