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魔王を倒した翌日、勇者の俺が世界から指名手配された ~裏切った王国を追われたので、魔王の娘と戦争を終わらせます~  作者: レモンティー


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第二十八話 魔王軍将軍が人間の子供を救った

グレンが子供を抱えて川から上がってきたとき、王国兵たちは誰も声を出せなかった。

川に落ちたのは、橋を渡ろうとしていた避難民の少女だった。

雨で増水した流れに足を取られ、荷車の下へ引き込まれたのだ。

「息をしていない!」

俺が駆け寄ると、グレンは少女を地面に寝かせた。

スーシャが胸の動きを確かめ、救命の処置を始める。

「頼む。助けてくれ」

グレンの声は震えていた。

少女の母親は、角のある将軍を見て泣き叫んだ。

「触らないで! この子に何をしたの!」

グレンは一歩下がった。

反論しない。

少女を救うために川へ飛び込んだ男が、今は加害者のように見られている。

やがて少女が水を吐き、弱く咳をした。

母親はその体を抱きしめ、何度も名前を呼んだ。

「助かった……」

スーシャが毛布をかけた。

グレンは濡れた外套を絞り、何も言わずに荷車へ戻ろうとした。

「待って」

母親が呼び止めた。

「あなたが……川に入ったの?」

「ああ」

「なぜ?」

グレンは困ったように眉を寄せた。

「子供が流されたからだ。それ以外に理由がいるか」

母親は答えなかった。

橋の修理は中断された。

増水で橋脚の一つが傾き、輸送隊は渡れなくなった。

川向こうの村には薬が必要だ。

待てば病人が増える。

ゾイドが地図を広げた。

「上流の浅瀬へ回るには二日かかる」

「仮橋を作る」とグレン。

「木材が足りない」

「魔王軍の工兵が近くにいる。呼べる」

王国兵の一人が顔をしかめた。

「魔王軍に橋を作らせるのか」

グレンは濡れた手袋を外した。

「嫌なら、お前たちだけで作れ。だが向こう岸の薬は待ってくれない」

結局、王国兵と魔族の工兵が一緒に作業することになった。

俺は丸太を運び、リリスは縄を編んだ。

マルクとカイは車軸修理で覚えた手順を使い、仮橋の留め具を組んでいく。

「おい、そっちの杭は深く打て」とマルク。

「分かってる。お前こそ縄を緩めるな」とカイ。

二人の声は相変わらず荒い。

だが、もう互いの手元を見て動いていた。

夕方、仮橋が完成した。

最初に渡る荷車には、薬箱と少女の家族が乗った。

母親はグレンの前で立ち止まり、頭を下げた。

「さっきは、ひどいことを言いました」

「娘が危なかったんだ。気にするな」

「でも……」

「俺も戦争で、ひどいことをした」

グレンは川面を見た。

「俺が救った一人で、帳消しになるわけじゃない」

母親は少女の手を握り直した。

「それでも、今日この子を救ってくれたことには、お礼を言わせてください」

「……ああ」

少女が小さく手を振った。

「角のおじちゃん、ありがとう」

グレンはぎこちなく手を振り返した。

その夜、俺は彼と焚き火を囲んだ。

「お前が川に飛び込むとは思わなかった」

「俺も考えてなかった。気づいたら飛んでいた」

「将軍としては危険な判断だな」

「そうだな。部下に叱られた」

彼は苦笑したあと、声を落とした。

仮橋の強度を確かめるため、俺たちは最初に空の荷車を渡した。

丸太が軋み、川面に小さな木屑が落ちる。

「右へ寄りすぎだ!」とマルクが叫んだ。

カイは車輪の下へ板を差し込んだ。

「これで荷重が分散する。ゆっくり進めろ」

荷車は無事に渡った。

次に薬箱を載せ、最後に避難民を乗せる。

誰も急がせなかった。

対岸では、医者が病人の数を数えていた。

薬が届いたと分かると、疲れ切った顔が少しだけ明るくなった。

「三日前なら、間に合わなかった患者がいる」

その言葉を聞き、グレンは川を振り返った。

「俺たちは戦争中、橋を落とすことばかり考えていた」

「俺もだ」とゾイド。

「敵の補給を断つには、橋を壊すのが早かった」

二人はしばらく黙った。

「今は一本架けるだけで、これほど手間がかかる」とグレン。

「壊すのは簡単だ。直すには相手の協力がいる」

救助に使った縄は、人間の大工が編み、魔族の兵士が強度を確かめた。

誰が手柄を取るかで争う者はいなかった。

子供が生きて帰ったことが、十分な答えだった。

ゾイドは手を差し出した。

グレンは驚いたように見たが、やがて握り返した。

二人が握手したのは、和平会議でも輸送隊の出発式でもなかった。

泥だらけの橋の上だった。

その夜、少女の母親が俺たちの焚き火へ来た。

「娘が、角のある人は怖いのかと聞くんです」

「何と答えた?」

「怖い人も、優しい人もいる、と。人間と同じだって」

彼女は恥ずかしそうに笑った。

「昨日まで、そんな答えをするとは思いませんでした」

リリスは薪をくべた。

「それで十分です。魔族がみんな優しいなんて、私にも言えませんから」

「人間も同じだ」と俺が言うと、母親は頷いた。

少女は眠る前、グレンへ木の実を三つ渡した。

川辺で拾ったものらしい。

「おじちゃんの分」

「こんなものを俺に?」

「うん。助けてくれたから」

グレンは大きな手の中で木の実を転がした。

「大事にする」

少女が去ったあと、彼は俺に背を向けた。

「笑うなよ」

「何も言ってない」

「目が笑ってる」

俺は肩をすくめた。

グレンは木の実を外套の内ポケットへしまった。

剣よりずっと小さなものだったが、彼は何度も落としていないか確かめていた。

「ゼルガディス様なら、何と言っただろうな」

俺はしばらく黙った。

「分からない。でも、リリスは喜ぶと思う」

「そうか」

グレンは炎を見つめた。

「なら、明日も橋を守る」

グレンは子供に礼を言われると、戦場で命令を下したときよりも困った顔をした。

俺は何も言わなかった。

救われた命の数を競う必要はない。

昨日まで敵だった者の手を借りたという記憶が、いつか別の村で武器を下ろす理由になるかもしれない。

夜半、仮橋の見張りから報告が届いた。

上流に、木材を流そうとした痕跡があるという。

橋を壊そうとした者がいたのかもしれない。

俺たちは見張りを増やした。

一人の子供を救ったことと、誰かが和平を壊そうとしていることは、同時に存在する。

だからこそ、明日も橋を渡さなければならなかった。

翌朝、グレンは仮橋の入口に小さな木札を立てた。

王国兵と魔族兵が一緒に補強した日付と、使った丸太の本数が書いてある。

「立派な記念碑じゃないな」と俺が言うと、グレンは鼻を鳴らした。

「記念碑なら、壊れたら終わりだ。これは点検表だ。雨が降ったら、また誰かが直さなきゃならん」

その木札の下に、少女が木の実を一つ置いていった。

グレンは気づかないふりをしたが、見張りに立つたび、そっと位置を確かめていた。

橋は今日も使われていた。

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